Interview Long Version 文芸クォリティ・マガジン『en-taxi』創刊! 2003年5月号

インタビューロングバージョン

更新日:2013/8/19

 小説家の柳美里さん、文芸評論家の福田和也さん、評論家の坪内祐三さん、マルチアーティストのリリー・フランキーさんの四人を編集同人に据えた季刊文芸雑誌『en-taxi』が創刊された。構想の初期から仕掛け人として関わった福田さんと編集長の壹岐真也さんに、発刊に到るまでの経緯や創刊号のコンテンツについてお話をうかがった。

福田 僕は文壇でのポジションなどまったく考えずに、自分の批評文さえ書ければいいという立場で著述活動をしてきました。江藤淳さんが亡くなる前後あたりから、文芸全般に対する責任というと大げさかもしれませんが、自分の役割について意識するようになりました。それで、『作家の値うち』(飛鳥新社)のような批評本を出版したわけです。

 文芸雑誌を構想したときにまず思い浮かんだのは、江藤淳さん、遠山一行さん、高階秀爾さんが編集同人として、古山高麗雄さんが編集長として関わられた『季刊芸術』という芸術総合季刊誌です。柄谷行人さんの初期の優れた批評や中上健次さんの短編など、若い才能をたくさん輩出した雑誌なんです。
 壹岐さんは『SPA!』で『罰あたりパラダイス』の連載をやっていた時の担当編集者で、週に何度も会っていました。彼とは相性が合うんです。創刊のエッセイでも書きましたが、三年ほど前に壹岐さんと一緒にイタリアに行く機会があって、旅の間いろいろな話をしたんですが、その時に文芸雑誌を作ろうという話題が出たんです。去年の2月に壹岐さんが『SPA!』から書籍編集部に異動になり、そこから話は一気に本格化していきました。壹岐さんが上司に打診してくれて、社内的にもOKが出て、実現の方向性が見えてきた段階でまず坪内さんに相談しました。
 坪内さんには、以前から同人誌をやりたいという話をしていました。坪内さんは編集経験者ですし、著者としても一流の方です。坪内さんの企画力というのはすごいんです。坪内さんに企画を出してもらったときに、この10分の1でも形になればすごい雑誌になると確信しました。

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 柳美里さんに参加してほしいという気持ちもかなり前からもっていました。4人目として誰に参加していただくのがベストか考えたのですが、ジャンルの壁を取り払って純粋に文章の書き手として誰が優れているか考えてみた時、まず思い浮かんだのがリリー・フランキーさんでした。それで柳さんとリリーさんに呼びかけて、ご快諾いただいたわけです。

──『en-taxi』という誌名に決まるまで、複雑な経緯があったそうですが。
福田 壹岐さんが100ぐらいタイトルの候補を考えてくれたんですが、すべて没になりました(笑)。坪内さんが『タクシー』という案を出してそれで行こうということになったんですが、商標登録されていて使えなかったんです。じゃあ『円タク』にしようということになり、『円タク』はわかりにくいけれど『en-taxi』だとフランス語で“タクシーで”という意味になるから、みたいな流れで決まりました。タクシーというのは多様な意味を喚起する言葉なので、ベストのセレクトだったと自負しています。

──大手出版社による文芸雑誌の刊行は長らくなかったことです。編集側の立場として、壹岐さんが文芸雑誌の刊行に共鳴されたいちばんの理由は何でしょうか。
壹岐 伝統ある文芸出版社であったら、このような試みはなされなかったかもしれないと思います。扶桑社の書籍刊行物は、テレビや産経新聞の関連本が多くを占めています。これから自分が本づくりをしていくとしたらオリジナルなものを目指さなければならないと思いました。中央突破というわけではないですけれど、文芸色を全面に押し出した企画に関わる意味はあると思ったんです。

──編集同人の四人は、第一線で活躍する表現者です。発表媒体に不自由しない環境にある四人の文筆家が同人誌を作ることの本質的な意味とは何なのでしょう。
福田 文学には社交の場というものが必要だと思うんです。エンターテインメントの人たちが集まる場はあるようですが、純文系の人間が集まる昔の『ゴードン』のような文壇バーはもう存在しません。第一線の書き手が集まってつき合えるようなサロンのような場所がずっとほしいと思っていました。雑誌づくりを通して知りあった人たちとのコミュニケーションの結果が誌面に反映される。それが理想の形だと思います。

──創刊号の目次を飾る豪華な顔触れに驚かされます。執筆メンバーはどのように決まっていったのでしょうか。
福田 松浦理英子さんは柳さんの強い推薦がありました。文芸誌なのでしっかりした小説を載せる必要があるということで、松浦さんにお願いしました。
 坂本忠雄さんには自分のページを持っていただいて雑誌内雑誌のような形で自由に采配を振るっていただきたかったのですが、結局、坂本さんのプロデュースによる連続対談ということになり、第1回目として石原慎太郎さんに老いと性の問題について語っていただきました。

 小林信彦さんと野坂昭如さんの対談は坪内さんの企画です。企画の半分近くは坪内案が元になっていますね。対談のあと、野坂さんから内容に満足できないのでもう一度やりたいという連絡があったんです。対談ではどうしても古い話が中心になってしまい、野坂さんはそれが不満だったらしくて、もう一度、対談の場を設定したんです。野坂さんの真摯さに感銘を受けました。

──第2特集では、柳さんの『石に泳ぐ魚』裁判が取り上げられています。『石に泳ぐ魚』裁判に関しては、最高裁判決が出て改訂版が刊行された際に、この問題を積極的に取り上げたメディアはほとんどありませんでした。同人誌だからこそ深く掘り下げることができた特集ともいえますね。
福田 柳さんの特集は、文芸評論家の清水良典さんに書評を、メディアと検閲の問題に詳しい佐藤卓己さんに状況論を、呉善花さんには裁判全体の水面下にあるものについてまとめていただきました。清水さんの書評は雑誌掲載版を参照したもので、訴訟になる可能性もあります。この問題については、これからもしつこくやっていくつもりです。

──『en-taxi』という雑誌活動を通して、もっとも意識されていることはどのようなことでしょうか。
福田 とにかく、いろいろな人との出会いの機会を増やして、その中で出てきたものを雑誌のコンテンツに反映させていきたいと考えています。

 パソコンで原稿を書いてメールで原稿を送れば著者生活が成り立ってしまう時代ですが、そういう関係は退屈です。ストイックであるように見えますが、人と人が出会うことによって生じる雑音やストレスやアクシデントのような偶然的な要素から逃げてしまっているような気がするんです。
 文芸誌の場合、新人の批評家が出にくい状況で、将来的にそういう場が提供できればと個人的には思っています。同人の目を通った新人の作品を出していくというのも、この雑誌の役割の一つなのではないか。そのように考えています。