少年よ、飛べ! 読者を選ばぬ飛行機冒険活劇
更新日:2013/12/4
圧倒的なリアリティと心躍るキャラクター
彼の代表作のひとつ「スクランブル」シリーズは、航空自衛隊の戦闘機パイロットの活躍を描いた物語だが、きわめてリアルな自衛隊員や兵器の描写、日本を取りまく今日的な問題や政府のあり方などを精細につづりながらも、正真正銘の“現実”とはかけ離れた世界を構築している。これについて夏見さんは、「自衛隊を舞台に『踊る大捜査線』をやりたかったんですよ。あのドラマは硬直化した組織の中で一刑事が現実ばなれした大活躍をするものですが、同じように現行憲法の下でがんじがらめにされている自衛隊の中でヒーローを描きたいと思ったのです」と語る。
自衛隊を舞台とした小説の構想は、若い頃から持っていたと夏見さん。一時は入隊も考えたが「自衛隊に入ってしまったら守秘義務があって書けなくなるかもしれない」と思って断念したという。
夏見さんは「スクランブル」シリーズで熱狂的読者を得ている。従来のファンはご存じのとおり─飛行機マニアにほかならない。
新作の主人公、鏡龍之介は「スクランブル」シリーズの主要登場人物のひとり、F-15の女性パイロット鏡黒羽の祖父という設定だ(と書いておけば、「スクランブル」シリーズの熱烈な読者は手に取らないわけにはいかないだろう!)。
「ゼロの血統」シリーズではタイトルからもわかるとおり、龍之介はいずれ海軍の主力、零式艦上戦闘機に乗ることになるのだが、第1作の主役は九六式艦上戦闘機である(この名前だけでしびれた人は読むしかない)。話題のジブリ映画『風立ちぬ』の主人公のモデルとなった航空機設計者堀越二郎が設計した傑作機だ。もちろん、ただこの機体が登場するだけではない。飛行機の操縦免許を持つ夏見さんならではの飛行機のリアルで迫力あるアクションシーンが期待される。バトルが売り物のアクション作品は少なくないが、飛行機のそれに関しては自身も操縦桿を握る彼に優る者はいないだろう。
読者を虜にする物語の構築の原点とは
自衛隊員、パイロット、作家。「なりたいもの」の二つを手に入れた夏見さんには、もうひとつ憧れの対象があった。
「当時、TBSの局員だった演出家の大山勝美さんが大好きで、ドラマの演出家になりたいと思った時期があったんです。大山さんのカット割りは他に類をみないもので、小説の執筆にも参考になりました。他に小説の中に採り入れているのが音楽的なリズムです。こちらは楽器作りをしていた父の影響かもしれません」
彼の作品を愛読している人には改めて説明するまでもないが、夏見作品の大きな特徴のひとつが、物語世界への吸引力だ。テンポのいい描写に強く惹かれつつも、ページを繰る手の動きが速くなる。群を抜く没入感の秘密は意外なところにあった。
描写のあり方と文章の組み立て方については、『零式戦闘機』『零戦燃ゆ』の著書がある柳田邦男に学んだところが大きいという。
「柳田さんに影響されたのは、言葉を飾らず事実だけを淡々とつづる手法です。例えば大爆発が起きたときに“紅蓮の炎”と書くのと“5万リットルのタンクが炎上した”と書くのとでは圧倒的に後者の方に臨場感があると思う。比喩を使いすぎるとどんどんリアルから遠ざかってしまうんですね」
かといって硬質な文体になって読みにくくなっているわけではない。一般的な小説作法では「避けるべきもの」とされている擬音を多用するのは、筒井康隆の短編「万延元年のラグビー」の影響を受けているそうだ。
「他にも読点の位置をどこにするかといったあたりにも留意しているのですが、執筆にあたって一番重視しているのは、この文章を読んで読者がどのように受け取るだろうかという点です。冒険活劇の持ち味は文字通り冒険の部分にあるわけで、奇想天外な設定や登場人物の破天荒な行動にこそ価値がある。とはいっても無茶苦茶なことばかり書けばいいというものじゃない。読者が納得できる主人公の動機を提示できなければ冒険にはなり得ないんですよ。派手なアクションからは想像できないかもしれませんが、冒険活劇を書くというのは、論文を書くかのようなロジカルな作業だと思っています」
夏見さんが冒険小説に魅せられたきっかけは、デズモンド・バグリィの傑作『高い砦』だったという。不時着した飛行機の生存者たちを描いた物語、というあたりはいかにも夏見さんらしいところだ。
「『スクランブル』シリーズは現代の状況をベースにしているのでリアリティ重視でした。対して『ゼロの血統』は現代的な感覚でつづったファンタジーです」
物語の世界はひとつにつながっているが、それぞれまったく別の味わいがある。本作は冒険活劇あるいは飛行機もののファン、さらには10代の読者をも取り込む懐の深いシリーズの第1作。是非とも読まれたし。
取材・文=田中 裕 写真=首藤幹夫