横溝賞の最高傑作登場か 学園が舞台の本格ミステリー

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

ライトノベルを経由して作風は劇的に変化した

『消失グラデーション』はとある学園を舞台にしたミステリーだ。その中で二重の密室状態が成立し、ある生徒が敷地内から消えてしまうという謎が中心におかれている。創作の原点は、このトリックを思いついたことだったという。そしてトリックを魅力的に見せるための効果的な演出を、と考えているうちにさまざまな設定が生まれてきたのだ。

「書きながら意識していたのは有栖川有栖さんの『孤島パズル』でした。ああいう、解決へ向かうロジックが1つの証拠から出発しているような推理の形が好きなんです。有栖川さんの学生アリス・シリーズはとても好きな作品です」

 小説の中核に触れるために曖昧にしか書くことはできないが、非常に現代的なテーマを扱った作品でもある。そのテーマで書かれた作品はこれまでにも多く出ているが、『消失グラデーション』における長沢の眼差しは非常に優しい。柔らかな手触りが、長沢作品の特長の一つでもある。

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「ただ、書くときにテーマを先に決めているわけではないんです。昔、大島渚さんが『映画を作るのにテーマなんか必要なのか!』っておっしゃっていたことがあって、『そうだよな、好きだからやってるんであって、物語をつくる妄想をするのが好きなんだよな』と共感しました。『消失グラデーション』も、書いているうちに自然にテーマが出てきたということですね。後付なんです。一つだけ気を遣ったのは、この小説に出てくるような立場の人が現実にいるので、その方たちが不快な思いをしないようにということでした。そこは神経を使いました」

 さまざまな紆余曲折を経てたどりついたミステリー小説という舞台で長沢はこれから戦っていくことになる。彼の作家としての最大の武器は、魅力あるキャラクター造形だろう。

「それはもうライトノベルを書いたことの賜物だと思いますね。ライトノベルを経由したことで、キャラ作りの大切さに気付いたんです。私は30代半ばをすぎてから意識してマンガを読むようになったんです。また、一般映画も見るようになりました。もともとB級映画が好きだったんですけど、アニメを観る量も増やしました。最近のアニメとかは全然知らなかったんですけど、意外に先鋭的だったんですよ。21世紀のハードSFのトレンドみたいなものまでちゃんと入っていて。話題になった『涼宮ハルヒの憂鬱』なども観ました。ライトノベルは本当に最初よく判っていなかったんですけど、中にはキャラクターだけで一冊持つようなのもあったんです。キャラクターって大事だなと思いました」

 古典的な謎解きミステリーの骨格に、現代的なキャラクター重視の作風を併せ持つ。ミステリー作家としての武器を2つも備えた新人である。こういうタイプの新人作家は、実は珍しい。

「現段階では、次回作は『消失グラデーション』の登場人物が一部出てくるものにする予定です。この前日譚で、できればクローズドサークルの話にしたいなと。また、いつかは原点である『犬神家の一族』や『八つ墓村』のような世界にも挑戦したいと思います。自分は生まれも育ちも山の中のど田舎なので、ああいう風土を書く素養はあると思うんですよ。自分のこのテイストで、現代風の『八つ墓村』も書いてみたいですね」

 馳星周、綾辻行人、北村薫の3選考委員から、最大級の賛辞を贈られて長沢はデビューする。巨匠の名を冠した賞出身の作家にふさわしい、盛大な活躍をされることを期待したい。

(取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道)

紙『消失グラデーション』

長沢 樹 / 角川書店 / 1575円

学園の敷地に不審者が侵入を繰り返している。バスケ部員の椎名康はクラスメートの樋口真由から調査協力を求められる。だが二人が動き出した矢先、椎名と同部の網川緑が人間関係の揉め事から不安定な精神状態にあることが判明する。そしてある日、最悪の事態が……。第31回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。