「こういうアニメを作りたい!」から生まれた、構想30年の大冒険活劇『レオナルドの扉』(真保裕一)

新刊著者インタビュー

2015/3/6

 メインコレクションが並ぶ回廊からは離れた美術館の片隅で。しんとした空気のなか、一心不乱にスケッチ作品を見つめる青年──物語の余韻の中でページを繰り、“あとがき”の文章に触れた途端、得も言われぬ感慨とともにそんな青年の姿が見えてきた。「自分で好きなアニメが作れたら最高だろうな」という夢を抱き、マンガ原作を書き続けていた30年前の真保裕一の姿が。

真保裕一

しんぽ・ゆういち●1961年、東京生まれ。アニメーション制作に携わった後、91年『連鎖』で江戸川乱歩賞を受賞、デビュー。96年『ホワイトアウト』で吉川英治文学新人賞、97年『奪取』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞、2006年『灰色の北壁』で新田次郎賞を受賞。著作に『ダブル・フォールト』など多数。
 

「作家デビューをする前、僕はアニメーションの仕事をしていたんです。はじめの頃はアニメーターとして絵を描いていたので、美術館にはよく行っていましたね。その時、夢中で見ていたのが、画家たちの残したスケッチ類。その中にレオナルド・ダ・ヴィンチの“手稿”と呼ばれるノートがあったんです」

 絵画や数学、天文学と、様々な研究成果が綴られたそのノートは、現在、5000ページ近くが見つかっており、後は紛失した、いや、どこかに眠っている……と様々な憶測が飛び交っている。

「もしかしたら発見されていないノートに、ものすごい発明品が描いてあるんじゃないか? それはどこにあるのか? そんな想像が自分の内で膨らみ、マンガ原作として、ひとつのアイデアが生まれていったんです」

 それがレオナルド・ダ・ヴィンチの遺した設計図の行方を巡る大冒険小説『レオナルドの扉』の出発点だった。

「実はオリジナルのアニメーション映画をつくらないかという誘いがありまして。わくわくドキドキ楽しめる冒険活劇を。その時ふと“あ! 昔、こういうの、考えたことがある”というのを思い出し、そこから話を組み立てていったんです。だからこの物語はシナリオが先に出来ているんですよ」

『ドラえもん のび太の人魚大海戦』『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』など、多くの大ヒットアニメ映画の脚本を手掛けてきた真保さんが、「自分が観たい冒険アニメを」と、渾身の力を込めて執筆したシナリオ。だがその企画は実現されず……。

「オリジナルアニメ映画の製作はなかなか難しい。マンガ化の道も探ってみたのですが、“自分は小説が書けるじゃないか!”と。ならば、この物語を小説として子どもから大人まで楽しんでもらおうと。10歳になる自分の娘にも、僕の小説を読んできてくださった方々にも」

『アマルフィ』『ホワイトアウト』などのミステリー作品に慣れ親しんでいた読者には、初めての味わい。だが、真保作品ならではのテイストと醍醐味は、血脈を打つように本作のなかに流れている。

「小説の書き方として、これまでの作品とそれほど違いはないんです。ただ、ファンタジーの匂いがする舞台設定や、歴史冒険活劇という方向へ行ったのは初めてのことで。いろんなものを20年以上書いてきていますから、こういう引き出しもあるかな、と。何より僕自身、楽しんで書けたことがよかった」

 その楽しみを共有したのが、文字の間からくっきり立ち上がってくる登場人物たち。殊に主人公の少年・ジャン、コンビを組むニッコロは、新たなヒーローとしての存在感を纏っている。

「もともとアニメ企画のなかで生まれてきた二人なので(笑)。機械に強いジャンは正義感いっぱい。失敗もするけれど、知恵を絞って、いろんな山場を乗り越えて行く。相方となるニッコロは、ちょっと女性好きの、いかにもイタリアのちっちゃい青年という感じ。二人の掛け合いだけでも面白くなるようなキャラクターづくりをしました」

 そんな二人の決めゼリフ──“飛ぶ時は一緒だろ?”に乗って、物語は大空を駆け巡るような展開を見せていく。
 

映像に負けないダイナミズムへの挑戦

 イタリアの小さな村で、祖父と暮らす16歳の時計職人・ジャンが夢中になっているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチが300年前に設計したと語り継がれる“自走車”の模型づくり。仕事の合間を縫っては、村長の息子・ニッコロともに村内に作った〝隠し砦〟へと出掛け、自分たちの作った乗り物で空飛ぶことを夢見ている。だがある日、祖父とジャンをフランス軍が取り囲む。ジャンが8歳の時、レオナルド・ダ・ヴィンチのノートとともに消えた父・コラードのことを話せと──。

「舞台をレオナルドの生きた時代から300年後にしたのは、ナポレオンにまつわる、ある史実が浮かんできたからです。彼がコルシカ島の出身だということは有名だけど、島の興味深い変遷はあまり知られていない。さらに彼は皇帝となるや、真っ先にイタリアを攻め、ミラノの図書館からレオナルドのノートを持ちだしているんです。なぜ持っていったんだろう?という疑問が湧いたとともに、これはストーリーに使えるぞ!と」

 ノートに記されている設計図から、天才レオナルド・ダ・ヴィンチの、ある一面にスポットが当たる。彼が発明し、記したもの──そこにはナポレオンが渇望する、世界をひれ伏させるためのものが……そんな〝レオナルドの遺産〟をナポレオンから守るため、ジャンはみずからのある秘密を胸に冒険の旅へと出発する。次々と目の前に現れ、立ちふさがる謎と難題の中を。

「シナリオを書く際、シーンごとに区切ってから詳細を描いていく“箱書き”という書き方があるのですが、本作はそうした作法で執筆しました。アニメ制作を考えていた時、絵的に素晴らしいシーンを盛り込もうとしたので、ここでも舞台となるイタリア、フランスにある印象的な場所を設定し、そこで登場人物に何をさせるかを決めて。さらに驚きとなるような仕掛けを組み込んでいったんです」

 ノートルダム寺院の尖塔が眼前に!──文字を追っているのに、見えてくるのは鮮やかなビジュアル。ジャンの目線で潜入していく複雑な迷路もすいすい入り込んでいける。体験したことのないような爽快な読み心地が本作最大の特長のひとつだ。

「シナリオのト書き部分となるアクションのイメージをいかに忠実に再現させるか。そこが演出の腕の見せ所なんです。そんなアニメーションの技術を小説上で実現しようとした取り組みは、映像に負けないダイナミズムへの挑戦でしたね」

 それが最大限に発揮されるのが、レオナルドの遺した設計図が再現される、緻密に構築されたシーンだ。

「ベースは実際のスケッチになるべく近いものを使っているのですが、こんなものを発明していたら面白いなというものも。科学的な知識に基づいて書いていますので、科学好きな人も、そして美術好き、歴史好きな人も、存分に想像を膨らませていただけると思います」

 たとえ想像の世界であっても、ミステリー作品と同様に、きちんとロジックが成立していなければ─と、真保さんは言う。そして本作でミステリーとしての鍵を握るのが、冒頭から読者を煙に巻いていく神出鬼没の、闘う修道女・ビアンカだ。彼女もまたレオナルドの設計図を求め、ジャンの行く手を阻んでいくのだが……。

「彼女には僕の趣味で鞭を持たせました(笑)。恰好いい謎のヒロインとして。でも、それだけではない。“そうだったのか!”と膝を打っていただけるようなミステリーを彼女は持っている。大きく広げたものが、ひとつに集約していくが如くに」