脚本家がライトノベル作家デビュー! 牧野圭祐の描くライトノベルSF『フリック&ブレイク』の魅力に迫る【レビュー&インタビュー】

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更新日:2015/6/26

『フリック&ブレイク』作品レビュー

 物語の舞台は2032年の山梨県にある地方都市・蜂原市。日本最大のIT企業リンクスコムと政府が共同で開発する未来型スマートシティの実験特区であるその街では、ウェアラブルデバイス『イオ』が市民に普及し、ロボットによって自動化された最先端の公共設備と拡張現実技術が実現化し、生活の中に溢れるネット情報とAIによる様々なサポート環境が整えられ、電脳空間がより身近になった近未来の社会を構成している。一般的なSF小説と違うのは、作中だけの空想科学が描かれるのではなく、現実社会でも実現可能な技術を設定に織り込んでいる世界観だ。あと10年もすれば現実でも作品の世界に追いつくかもしれないと思わせる都市の風景に胸がワクワクする。

 そんな蜂原市に暮らしている主人公の神之馬奏矢は、とくに外見が良いわけでも、学校の成績や運動神経が優れているわけでもなく、将来に明確な目標もなく漫然とコンビニのバイトに明け暮れ、特技や趣味らしきことといえばゲームというどこにでもいる平凡な男子高校生だ。環境や技術が進歩しても変わらない男子高校生の生活にどこかホッと和む。

 ある日、奏矢は不思議な体験をする。自分にしか見えない奇妙な怪物に追いかけられ、襲われそうになったところに同級生の美少女・鶴舞舞羽が現れ、光の剣を振るって怪物を退治する光景を目撃する。そして奏矢はこの街に隠された真実を知る。感情の込められたデータが大量に集まることで『ジャム(JAM)』と呼ばれる電子のモンスターが自然発生すること。放置すれば人の精神に悪影響を及ぼす『ジャム』を倒すため、電波を知覚できる特別な体質(電波高感受性症候群)に覚醒した奏矢や舞羽のような『ウェニアック・チャイルド』と呼ばれる少年少女たちが企業のバックアップを受けて人知れず戦いを繰り広げていたのだ。

 『ウェニアック』としての能力に覚醒めた奏矢も報酬に釣られてジャム退治に参加することになる。その武器として与えられたのが、作中では時代遅れとなったスマートフォン――『スマフォ』と名付けられたガジェットだ。スマフォにインストールしたアプリによって攻撃手段は様々で、そのアプリは今流行りのソーシャルゲームが元ネタとなっていて、ゲームと現実が融合したかのような遊び心のあるド派手な戦闘シーンが痛快だ。

 唯一の取り柄であるゲームテクニックを活かせるお手軽なバイト感覚でジャム退治に夢中になる奏矢だったが、自分の力を人々のために尽くそうと願う舞羽の真摯な思いや『ジャム』の危険性を知り、いかに自分が甘い考えであったかを思い知らされ、有頂天から一転して突き落とされる姿に胸が詰まる。

 舞羽とともに戦うべきか、それともすべてを忘れて街から出て行くべきか。退屈な日常を変える刺激を求めていたのに、いざその日常が失われて、初めてその日常が幸福で大切なものだったかを実感する奏矢の後悔や懊悩が切実だ。戦いの中で恐怖したり、逃げてしまったり、悩んだり、苦しんだりする奏矢は、決してかっこいいスーパーヒーローではない、どこにでもいる普通の人間である。だからこそ彼の葛藤や苦悩が痛いほどに共感できるのだ。現実の私たちのように完璧ではない人間だからこそ、弱い自分と向き合って戦う理由を見出し、自らの意思で戦いに立ち上がる奏矢の成長ぶりに、読者も勇気づけられる。

 どうして『ジャム』は発生するのか、『ウェニアック・チャイルド』は自分の異能とどう向き合っていくべきか、そして戦いの裏で暗躍する大企業リンクスコムの陰謀とは、いまだ明かされない多くの謎が残されている。進歩した情報技術が生み出す未来社会は果たしてユートピアか、それともディストピアか。私たちの社会とも繋がっていて来るべき将来を考えさせられる作品だ。

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