自分の父親を殺したい少年と、“殺人計画”にのめり込む少女が出会う――予想を裏切る結末とは?

新刊著者インタビュー

2017/8/5

 第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞した逸木裕のデビュー作『虹を待つ彼女』は衝撃的な作品だった。急死した天才ゲームクリエイター・水科晴を巡る物語で、謎解きの興味もさることながら、二転三転する物語の展開に華があり、読者を惹きつけたのである。『少女は夜を綴らない』は、その逸木、待望の第2作だ。主人公の山根理子は、「人を傷つけてしまうかもしれない」という加害恐怖に苦しめられている中学生である。彼女がそんな強迫観念に囚われたのは、小学6年生のときに起きた出来事がきっかけだった。

逸木 裕

いつき・ゆう●1980年、東京都生まれ。学習院大学卒。フリーランスのエンジニア業のかたわら、2016年に『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビューを果たす。同作は新人離れした筆力と構成力が高く評価された。本作が待望の長編第2作である。
 

人知れず苦しみと闘う少女。その心に寄り添う必要があった

「加害恐怖は強迫性神経症の本を読むと必ず出てくるもので、苦しんでおられる方は多いのではないかと思います。理子は『自分は生来の人殺しなんじゃないか』という考えに囚われてしまっている。最後に彼女は自分なりの結論を見つけるんですけど、そこに至るまでの心理の流れをうまく固めることができなくて苦労しました。本当に、ゲラの段階でもまだ直すような感じでした。前作は、空洞になっている中心に、既にこの世にいない水科晴という女性がいるという構造で、人間関係は最初から決まっていたんですけど、今回は理子と一緒に最後まで旅をしていかなければなりませんでした。『彼女は今、何を思っているんだろう』と常に考えていなければならなかったんです」

 重荷を背負った主人公が救いを見出せるか否か。そこが焦点となる作品だ。最初から結末のイメージはなんとなくあったというが、いくつかのサブプロットを並行させていかなければならなかったため、その交通整理を行うのが難しかったという。『虹を待つ彼女』では第1稿を完成させてから、納得のいく形に全面改稿したというが、今回の書き直しは2度にわたった。

「やはり最後まで書いてから、編集さんにいただいた助言を元に直していったんです。受賞後、自分に対して要求するハードルが上がったんだと思うんですけど、うまくプロットがまとめられず、ちゃんと設計図が決まらない状態で、とりあえず原稿を書いていたんですね。プロットが固まっていないからと言い訳をして、書き始めたものを途中で投げ出したら、結局何も完成させられなくなるかもしれない。だからどんなに中途半端でも書き出したものは必ず最後まで書くようにしています」
 

人を殺したい少年と、殺したくない少女が出会う

 逸木が書いているうちに物語は形を変えていった。いちばん大きく変わったのは、理子の人物像だった。加害恐怖に怯える理子は、「夜の日記」と名付けたノートに身近な人の殺害計画を書き綴ることで心のバランスをとっていた。そんな彼女の前に自分の父親を殺したいと考える少年・悠人が現れる、というのが現行の物語だ。

「最初に考えていた理子は、とにかく人の死が見たい、と思っているような感じの子だったんです。そんな彼女が、父親を殺したい悠人と出会う、という設定でした。ただ、そういう物語は先行作品がありますし、ちょっと違う形で書くことはできないかと考えました。その結果、本当は殺人になんて関わりたくないけど関わらざるをえない、という矛盾した心理状態にすることを思いついたんです。改稿を重ねるにつれて、曖昧だった理子のキャラクターも固まっていきました。彼女を書ききれたことは、今回の作品の大きな収穫だと思います。女子中学生という、自分からはかなり遠いところにいる立場の主人公に寄り添って、『彼女はどんな人なのかな』と書いていく。それがいい経験になりました」

 悠人と理子には共通点がある。児童虐待の犠牲者であることだ。悠人は父親から直接的な暴力を、そして理子は母親から育児放棄を受けている。その事実が2人を追い詰めていく。

「父親を殺したい悠人に理子が力を貸す、というプロットは元からあったものです。最初は、理子の方は普通の家庭だったんです。でも、2人が結びつくからには同じ家庭の問題を共有しているはずだろうと考え、理子の設定も変えていきました。そのくらいの年代で人を殺したいと思い詰めるほどに苦しむのは、やはり家庭の問題でしょうから。彼女たちを中学生にするか高校生にすべきかということも結構迷いました。最終的には、高校生ならもう少し逃げ道もあるだろうけど、中学生にはそれがない。切羽詰まれば『もういい、殺す』という気持ちになってしまうかもしれないということで、中学生の設定にしました。狭い世界で心が揺れ続けている状態を書くのが執筆目的の一つです」