テーマは2つ。“恋愛小説の名手”が仕掛けた恋ではない愛の物語とは?

文芸・カルチャー

2018/2/6

恋のせつなさと愛の苦しみを独特の筆致と感性で綴る「花鳥風月」シリーズ。『ロミオとジュリエット』を下敷きに、家の呪縛と抗いながら愛しあう男女の軌跡を描いた「ノーブル・チルドレン」シリーズ。
さまざまな形の恋愛、いろいろな関係性の恋人たちを書いてきた綾崎隼さんの新作『君を描けば噓になる』は、作家生活の中で初めて編集側から出されたテーマに臨む形で書きはじめた作品だ。そのテーマとは、美術と天才。

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綾崎 隼
あやさき・しゅん●1981年新潟県出身。2009年、電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉を受賞し『蒼空時雨』でデビュー。同作を含む「花鳥風月」シリーズはじめ「ノーブルチルドレン」「レッドスワンサーガ」「君と時計」など様々なジャンルのシリーズ作品を発表。現在〈ローチケHMV〉にて『青の誓約 市条高校サッカー部』を連載中。

 

「声をかけてくださった編集者さんがサッカーフリークで、僕もサッカー小説を書いているくらいなので、打ち合わせ中によく戦術やトレンドの話をしていたんです。お互いが天才だと思う選手について語りあう中で、『綾崎さんにとっての天才像を書いてみませんか?』と提案されました。僕が芸大出身だったこともあり、アーティストを志す学生が周囲にたくさんいたはずと推測されたことも理由の一つだったのかもしれません。『アートと天才をテーマにしましょう!』と。過去に天才を描写したことはありましたが、『天才性』をテーマにするなんて考えたこともありませんでした。そういう意味でも、自分一人では絶対に書けなかった物語なのだと思います」

テーマが決まり、次に考えたのは構成だった。ふたりの天才の物語。ひとりは美術の神様に愛されて生まれた、天衣無縫な天才少女・瀧本灯子。もうひとりは、唯一無二の卓越した写実能力をもつ、どこか達観した雰囲気のただよう少年・南條遥都。性別も画風も性格も、社会適応能力から家庭環境にいたるまで、何もかも対照的なふたりの天才の物語という骨組みが固まる。

「野性児的な天才を女性に、秀才タイプの天才を男性にしたのは、自分が男なので、より理解出来ない方を異性に配置しようと思ったからです。正解だったと感じていますし、もしも逆にしていたらどんな物語になっていたか想像もつきません」

本作は各部ごとに語り手が変わり、全四部の構成となっている。

第一部「関根実嘉の貴くも残酷な終生」では、灯子と遥都が通う絵画教室の教師・実嘉の視点からふたりが語られる。第二部「南條梢の曖昧で凡庸な恋物語」は、遥都の妹で漫画家を目指す梢の目を通して彼の“秘密”が読者に明かされる。第三部「高垣恵介の不合理で不名誉な冒険」は、彼らと同じ絵画教室に通っていた少年の目に映るふたりが描かれる。そして最後の第四部「ある恋のない愛の物語」は、天才であるがゆえに、あらゆる人間から羨望と嫉妬と称賛と憎悪を向けられる瀧本灯子が自らを語る。

「構想段階では一、二、四部の内容でプロットを組んでいたんです。つまり第三部を抜かした三部構成にしよう、と。灯子と遥都というふたりの天才を書くうえで、彼らを最初に発見した先生の視点からはじめて、次に遥都の“秘密”を知っている梢の視点。最後に、そんな遥都を子どもの頃から見ていた灯子の視点で締めくくろう、と」

そこへ編集側から指摘が入った。才能のある人たちばかりではなく、何者にもなれない凡人の視点も交えた方が物語がより重層的になるのではないか、と。

「実嘉先生も梢も、灯子や遥都と比べて自分には才能がないと思い込んでいますが、客観的に見たらそんなことはないんです。そこで何者にもなれない凡人として、新たに高垣恵介というキャラクターをつくり、彼を主人公にした第三部を加えました」

結果的に恵介には、書きながら非常に感情移入した。

「絵を描くことを仕事にするという意味では、恵介の夢は叶いません。僕は28歳で作家になったのですが、小学生の頃から小説家になりたいと思い続けていたので、デビューまでに20年近くかかっています。20代の頃はずっと自分は作家にはなれないんだろうと考えながら投稿作を書いていて、本当にきつかった。だから恵介の心情はすごく分かるんです。自分には才能がないと気づいて絶望する気持ちや、好きなものに向きあうのがつらくなっていくところとか」

第三部にはこんな一節がある。〈未来はいつだって自らの手中にある。その先を描くのも、握り潰すのも、いつだって自分自身しか有り得ないのだ。〉才能を諦めることで自分の人生を描き直す人物の物語の後は、才能と共に生きざるを得ない業を背負った人間――天才の内面という第四部が待っている。

「灯子はこの作品世界の中で明らかに一番の天才です。天才ではない人間に、天才の内面を書けるんだろうかという葛藤がありましたし、どう書いていくべきかも悩みました。第四部を書くにあたり参考にしたのは、自分が天才だと感じる作家さんたちのことです。作家の中には、この人、天才だな、としか思えないような人が確かにいて、全く気負わないでナチュラルに素晴らしい作品を書いている。そういう方たちから受けた印象や感触を灯子に注ぎました。その一方で、遥都には努力や執念を余すことなく作品に昇華出来る、異なるタイプの天才像を投影しています」

サッカーであれ小説であれ絵画であれ、分野は違えど天才と呼ばれる者がもつ情熱、生き方、精神性に共通するもの。瀧本灯子や南條遥都は自身にとっての天才像そのものとなった。しかし運命は彼らに残酷な仕打ちを用意する。嵐の晩、アトリエにいた灯子と遥都は土砂崩れに巻き込まれてしまうのだ。

事故と相前後して、遥都が隠してきた“秘密”が次第に浮かび上がってくる。灯子と並ぶ才能をもち、幼い頃から陰となり日向となり彼女の近くにいた遥都。しかし彼の本心は周囲の人間にはもちろん、灯子にもよく分からない。

「遥都が長年かかえてきた“秘密”こそが物語上のフックとなるので、彼の感情は極力、見せないようにしました。遥都の一人称パートは入れないと最初から決めていましたし、本心を平易な言葉で語らせるつもりもありませんでした」

そんな遥都が終盤で灯子にある言葉を告げる。自分の絵を描いてほしい、と頼まれて、それに対して応える言葉だ。

「遥都は本音を語らない。幼い頃から、両親にも、妹にも、誰にも本当の気持ちを話しません。それは灯子に対しても同様です。ただ、あのシーンでは遥都が心の奥底に秘めている本音が、珍しく見え隠れしています。そんな遥都の核心に迫る、作中でもキーになるシーンなんですが、実は雑誌連載時の表紙に使わせて頂いた、美術家の山本大貴さんの作品から着想を得たシーンでした。アートをテーマにした作品の、作中でも一、二を争う重要なシーンが、まさにそのアートによって導かれたというのは、不思議な話でもありますし、とても素敵な話だとも思っています。機会がありましたら、ぜひ本編を読んだ後で雑誌連載の扉を見てほしいです」

第四部の題名が示すとおり、本作は恋の話ではない。それは作者自身が断言する。

「恋ではなく愛の物語です。これまでに何冊も恋愛小説を書いてきましたが、今回は、今まで書いたことがない、誰にも書かれたことのない、愛の形を書きたいと思いました」

発売日はちょうど8年前、デビュー作『蒼空時雨』が発売された日でもある。

「8年間の集大成だと思っていますし、新しい世界へ踏み出すための第一作とも感じています。僕の本に初めてふれる方は勿論ですが、今までの作品を読んできてくださった方々にも、新時代の愛の形を感じて頂けたら嬉しいです」

取材・文:皆川ちか 写真:首藤幹夫