人は没落に惹かれ没落から学ぶと思うんです

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

「当時はまだボタンが発明されていないんですよ。服に穴をあけて、ひもで結んでいたんですね。ポケットもなかった。だから、この作品の中では描いていません。当時こういう物は食べていなかったというのを細かく調べて、絵の中に入れないようにしたり。何を描いて何を描かないか、気をつけることは多かったですね。今回、絵巻物的なタッチを取り入れたのも、この作品に合うだろうなと思ったから。ラッパの音色を“帯”で表現していますが、それも同じ理由です」

 
(c)『インノサン少年十字軍』古屋兎丸/太田出版

 どの資料を読んでも、はっきり書かれていなかったことがある。少年たちの心の中身だ。
「今の子供たちというか、僕たちが子供だったころの感情に近いもので描きました。“大人になりたい”“バカにされたくない”という思いは、当時も今も共通するものなんじゃないかと。この時代の子どもたちは愛され庇護される存在ではなく、半人前の大人のように杜撰な扱いを受けていたので、余計そう思っていたでしょうね」

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 その思いは、作品名に直接込められている。「インノサン」は英語でイノセント。純粋、無垢を意味するフランス語だ。そして──無垢は無知でもある。その厳しい事実もまた、この作品には描き込まれている。

 

残酷な没落の中に恐怖と運命を感じ取る

 鮮血。号泣。苦悶。絶望。ドラマの演出上、必要があると判断したならば「残酷」「エロス」のアクセルを思い切り踏み込んで描いた。その選択は、連載誌が『マンガ・エロティクス・エフ』だったからこそ可能だったと古屋は言う。

「こういう世界を存分に描くことができるのは、僕の思いつく限り『エフ』しかないですから、ありがたい雑誌ですよね。作家が自重しない、抑えないで全力を出す。そういう熱みたいなものは、読者にも伝わっているだろうなと思います」

 ひとコマひとコマ、あらゆる細部にマンガ家の熱がこもる『インノサン少年十字軍』は、古屋兎丸の作品歴にとって黒く輝く極点だ。だが、ラストで一筋の光は射すと書いておきたい。

 最後に、古屋兎丸はなぜこれほど没落の物語に惹かれるのか、改めて訊いてみた。
「周りの状況や歴史の変遷によって本人の意志とは関係なく、運命に翻弄されて落ちていく。そこに心を揺さぶられることがあるんですよね。だからこそみんな、山崎豊子さんの『華麗なる一族』とか『白い巨塔』とか、あるいは映画『ラストエンペラー』のような物語を愛するのではないでしょうか」

「没落から学ぶことは大きいと」と、古屋は続ける。
「どうしてこうなっちゃったんだろうとか、でもこうなるしかなかったんだよな……とか。“同じ状況に陥ったら自分もそうなるんじゃないか?”っていうところが人の共通した恐怖感であり、それを読むことによって、こうはならないぞって思ったりするかもしれないし、運命の存在を感じるのかもしれない。この作品も、純粋な信念で進んでいた少年たちが堕ちていく残酷さの中に、何かを感じてほしいって思いはあるんですよね」

『インノサン少年十字軍』をきっかけに、前に後ろにと古屋の作品を手に取り、没落を追体験してみるのも面白い。
「『帝一の國』なんかは、それがバカな方向に爆発してるんですけどね(笑)。今までの経験上、ひとつの作品が、次の作品を生んでいくんですよ。だからこれが、次の何かにつながる可能性は高いと思うんです。ここから何が出てくるのか、僕自身もすごく楽しみです」

(取材・文=吉田大助 写真=石井孝典)

紙『インノサン少年十字軍』(上)

古屋兎丸 / 太田出版 / 1260円

1212年の春、フランスの田舎町。羊飼いの少年・エティエンヌは、神の手紙とラッパを拾い、その瞬間、十字架に張り付けにされたイエス・キリストを幻視する。町が盗賊に襲われたある日、エティエンヌが絶体絶命の危機に陥りながらも奇跡を起こしたことで、誰もが彼を救世主と認めた。エティエンヌは神託として、エルサレムに赴くことを宣言し、12人の少年とともに「少年十字軍」を結成、聖地に向かう旅を開始するが──。

紙『インノサン少年十字軍』(中)

古屋兎丸 / 太田出版 / 1260円

1212年フランスの田舎町。”奇跡の子”エティエンヌは、12人の仲間と共に「少年十字軍」を結成し、聖地エルサレムを目指していた。道中、テンプル騎士団のユーゴたちの庇護を受け、順調な旅路を進むかのように見えた少年たちだったが──。

紙『インノサン少年十字軍』(下)

古屋兎丸 / 太田出版 / 1365円

1212年、フランスの田舎町。 神に選ばれし子・エティエンヌは、12人の仲間と共に「少年十字軍」を結成し、 聖地エルサレムを目指していた。 ユーゴ率いるテンプル騎士団と合流し、旅路は順調かに見えていたが、 心を許したユーゴの裏切りによって、いつしか破滅の音が響き始める。 次々に斃れていく仲間達。押し寄せる絶望と憎しみ。 過酷な旅の果てに辿り着いた先は──。