19歳女子大生が初めて恋したのは、中年のヤクザだった――『潜熱』野田彩子インタビュー

マンガ

公開日:2018/6/2

19歳の女子大生が初めて恋したのは、中年のヤクザだった――。ごく普通の女の子が、年齢も住む世界もまったく違う「危ない男」に惹かれ、驚くほど真っ直ぐに恋に突き進んでいく姿を描く『潜熱』。著者の野田さんが惹かれるという、同い年の相手にはない、年の差がある人だからこそ生じる「わからなさ」とは?

野田彩子さんイラスト

野田彩子
のだ・あやこ●第49回IKKI新人賞・イキマンを受賞しデビュー。他の著作に『わたしの宇宙』『いかづち遠く海が鳴る』がある。『潜熱』は小学館・マンガワンにて連載中。別名儀「新井煮干し子」としても活躍中。

 

■誰かを好きになるのにはっきりとした理由はない

「もともと映画やアニメなどのフィクションに出てくる、ヤクザとか“悪の組織”の人だとか、悪いおじさんが好きなんです。なので自分でも、そういう人を描いてみたかった」

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そう話すのは、『潜熱』の著者、野田彩子さん。

舎弟を連れて行動し、当たり前のように暴力をふるい、別れた女房以外に若い女の影もちらつく―アルバイト先に現れる、まさに悪いおじさん・逆瀬川に、女子高育ちで男性が苦手だった瑠璃は、あっという間に恋をする。

「なぜ瑠璃が逆瀬川のことをこんなに好きなのかわからない、という感想もいただくんですが、誰かを好きになるのに、はっきりとした理由というのはあまりないのがリアルかなと思っていて。1話で出てきた『笑顔がかわいい』とか、それくらいのことだと思うんですよ。『何かあった時に助けてくれたから』みたいなことは、きっかけにはなるかもしれないですが、そう思うまでに十分好きになっているんじゃないかな?と思うんです」

瑠璃は思う。〈正しさもまともさも年相応の恋愛も、誰にも何も決められたくない。騙されていたっていい。私が選んだんだから〉そして〈逆瀬川さんが好きです〉と、ストレートに本人に気持ちを告げてしまう。年齢差も、住む世界の境界線も、自らの意志で超えて、意外な大胆さで“あちら側“に踏み出す瑠璃の姿に、読み手のドキドキも加速していく。

「引いておいたほうがいいんじゃないかな?と思うところに、行けてしまうのが、主人公の変なところ。若いからこそできる、という気もしますよね。それまであまり怖い目に遭ったことがないから、どれくらい怖いことがあるのかを、知らないんだと思います」

■生きてきた“時代“が違うから「わからない」

そんな瑠璃の思いをすべてわかったうえで、応えているような、はぐらかすような態度をとり続ける逆瀬川の姿は、大人の余裕とセクシーさを感じさせる。

「瑠璃には、逆瀬川のことがわからない。でも相手のことがわからないから惹かれる、ということはありますよね。私自身の好みでもあるんですが、『何を考えているかわかりやすい人』というのがあまり好きじゃないんですよ。『何を』というか『どうして』その考えに至ったのかがわからない人のことが好きなんです。逆瀬川みたいにすごく年上の人の場合、そこがわからないところがいいんですよね。『自分とは違う尺度で生きてきているんだなあ』と、その人の生きてきた何十年かに思いを馳せてしまう。このマンガの中では描かないと思いますが、逆瀬川にも子ども時代があって、学生時代があったわけですよね」

年の離れた相手のことが「わからない」のは、「今に至るまでの人生が違う」からなのだ。

「同い年の人同士なら、たとえ日本の端と端で暮らしていたとしても、そんなに大きな尺度の違いはないと思うんです。でも50年生きてきた男性と20年生きてきた女性とでは、生きてきた“時代“が違っていて、そこを共有することはできない。逆瀬川の学生時代には普通だったことが、今の学生である瑠璃にとっては普通ではなかったりするわけですよね。そこに、大きなギャップが生まれる。ちゃんとギャップがギャップとして存在していないと若い子に都合がよすぎるし、つまらないなと思う」

実際のところ、逆瀬川は今、瑠璃をどう見ているのだろう?

「かわいい、と思ってはいると思います。自分から連絡をとったりもしますしね。あなたが好きです、つきあいましょう、をやる年でもないでしょうし。50年生きている中で、逆瀬川はいろんな女の人とつきあったり別れたりを繰り返しているはずで。瑠璃との関係が何カ月間かだけのものなのか、何年か続くものなのか、もしかしたら自分が死ぬまで添い遂げるようなものなのか、逆瀬川は決めていないし、今の時点で決めることに意味はないと思っていると思うんですよ。長く続いたつきあいが特別だった、とかそういうことではなくて、どのつきあいもただそうなっただけ、という感覚なのだと思う。でも瑠璃みたいに初めて恋愛する人には、その感覚はわからないですよね。いつか好きじゃなくなる日がくるなんて想像もつかない。そういう恋愛の価値観の差があるのも、年の差もののおもしろさなのかなと思います」

取材・文:門倉紫麻