「変わりたい」。その願いが引き寄せた新たな音楽と、聴き手との強い絆――井口裕香インタビュー

エンタメ

2018/5/22

 およそ半年前の2017年11月にリリースされた、声優・井口裕香のミニアルバム『Love』。2013年2月にスタートし、5周年を迎えた音楽活動の「過去・現在・未来」を詰め込んだ作品であり、「井口裕香そのもの」がアウトプットされた、充実の1枚だった。2ndアルバム『az you like』のツアーから幕を明け、自身が「節目」と位置づける29歳を迎えた2017年は、自分自身を見つめ直したという『Love』の制作も含め、彼女にとって大きな発見をもたらす1年になったようだ。「変わりたい」と願っていた井口裕香は、勇気を持って一歩を踏み出すことで、音楽を受け取ってくれる「キミ」に依存するのではなく、横に並んで「キミ」と一緒に歩いていく自分を見つけた。その先に生まれた通算9枚目のシングル『UNLOCK』(5月23日リリース)では、いい意味で肩の力が抜けていながら、しなやかさを備えた歌声を披露している。『Love』制作以降の音楽活動について振り返りつつ、新曲の手応えを語ってもらった。

変わることは怖いことって思っていたけど、今は変わることが楽しみ

――まずは昨年11月にリリースした『Love』をちょっと振り返りたいです。かつてなく井口さんのパーソナリティが感じられるミニアルバムで、結果アーティストとしての魅力が増した気がしていて。

井口:嬉しい! ありがとうございます。自分自身も、初めてちゃんとここまで向き合えた気がします。まるっと自分の中から出てきたものだからこそ、歌うときもより気持ちが入るし、すべてのものに真摯に向き合った制作期間だったので、すごく密度の濃い時間でした。

――自分から出てきたものとは?

井口:「ミニアルバムを作りませんか」っていうお話をいただいて。「まるっと井口さんから生まれるものを作りましょう」っていうご提案だったので、今のわたしの気持ち、伝えたい気持ちとかを曲にしていきましょうっていうところで、作詞家さん・作曲家さんも自分から「この人がいいな、この人がいいな」って提案させていただきました。井口裕香という存在を、どうやったらよりみんなに伝えられるのか、スタッフさんもわたしも足並みを揃えて見つめ直したタイミングだったんですけど、鷲崎(健)さんや佐伯(youthK)さん、高橋美佳子さんに、わたしのいろんな面を見てくれてる人が感じる「井口裕香らしさ」を一緒に作っていけたらということで、皆さんにお願いして。「過去・現在・未来」みたいな感じで、今までのわたし、今のわたし、今後のわたし自身の夢を詰め込んだアルバムになっています。振り返るだけじゃなくて、振り返りつつ、みんなに見てもらいつつ、一緒に新しい一歩を踏み出していこうっていう。

 “奇跡”を作曲してくれた野田(愛実)ちゃんとはこのアルバムで出会ったんですけど――いやあ、彼女は天才ですね。まだ一回も会ってないタイミングでこの“奇跡”の歌詞ができ上がってきたときは、「会ってもいないのにわたしのことを見透かされている!」と思って。最初、“奇跡”の歌詞があまりにも自分に当てはまりすぎていて、思わずNGを出したんですよ(笑)。

――(笑)。

井口:ちょうとミニアルバムを作っている頃はあがいているタイミングで、「変わりたいのに変われない」「変わりたくないのかもしれない」とか考えていて。ずっと、自分がどうしたいのかわからないけど、前に進みたいのに進んでない気がする、みたいなことを感じていた時期だったので、“奇跡”の歌詞があがってきたときに、まんまそのときのわたしすぎて、普段見せない部分が描かれている気がしたので、「一度、歌詞の打ち合わせをさせてください」ってお願いしたんです。でも、「いざ会います」っていう数日前から、野田ちゃんが作ってくれた歌詞や曲を聴いていたんですけど、聴けば聴くほど「わたしじゃん」ってなりました。結果、打ち合わせの当日、ドアをかちゃって開けて、「わたし、このままでいいです!」みたいな感じで(笑)。

 初めましての野田ちゃんの楽曲で、見ようとしてこなかった自分の一面を見た気がしたんです。基本は「頑張ろう!」の気持ちで前に向かってるつもりだったけど、やっぱりずっと心の中で誰かと自分を比べたり、自分に嘘をついては生きていけないし、ごまかしごまかしで大人として日常生活をしていたことを見透かされた気がしました。「でもこれがわたしなんだ」って思えたので、ほんとにすごくいい出会いだったし、わたしらしい曲になってると思います。そうやって、いろんな制作陣の方たちと一緒に自分自身を見つめ直したり、ファンのみんなと自分のことを改めて考えたり。自分のものさしでいろいろなことを見つめることができたアルバムでした。佐伯さんが歌詞を書いてくれた曲(“さらば29”)なんて、わたしの愚痴になってるし(笑)。

――(笑)確かに。他者が書いたとは思えない歌詞ですよね。

井口:うんうん。もともと佐伯さんのファンでもあるわたしの職権濫用で、「佐伯さんの言葉で、曲で、わたしを励ましてください!」というところから始まった曲です(笑)。「いいから頑張れ」みたいな感じの曲を作ってもらいたくて、それをファンのみんなと共有したいっていうお話をしました。佐伯さんからは「井口さんの今の気持ちを文章にまとめて」って言われて、思ったことを全部書き留めてドンっと送ったら「この分量、5,6曲分くらいあります」って言われました(笑)。ちょうど29歳のタイミングで作ったミニアルバムだったけど――わたし、30歳になるより、29から30になるほうがすごく大きいと思ってたんです。正直、30歳をあまり区切りに感じていなくて、29が区切りのような気がしてたんですね。でも、29歳のわたしは思い描いていたような大人ではない、と思って。「どうしたらいいんだっけ、わかんないけど、立ち止まってるのもばかばかしいし」みたいな気持ちをぶつけてます。結果、この曲をファンミーティングで歌い続けていく中で、わたしの29歳のわだかまりは消化されていったんですけど、この曲に出会っていなかったら、今ごろ地を這っていたかもしれないですね(笑)。それくらい、わたしの中では大きな曲になりました。

――なるほど、『Love』から得たもの、制作時に経験したことがちゃんと蓄積されてますね。

井口:そうなんです! すごく大きかったです。井口裕香から生まれるもの、というテーマが最初にあったので、責任も感じていたし、「なんかこれ違う」って思いながら聴いてもらうのはイヤだったし。

――でもこの場合、ひねり出したのではなく、自然に出てきたアイディアたちなんですよね。

井口:そうそう。今までだと遠慮もあって――餅は餅屋だと思っていたし、わたしにはまだ知識もないので、自分が好きなことよりも、その道のプロの方たちにご提案いただく通りにするのがよい、という気持ちでやっていたけれど、『Love』は、生意気だとしても自分の好きなもの、独りよがりにならないようにしつつ、自分の中から生まれるものはとても大事にしました。

――遠慮せずに言ってみた結果、まわりの人はどういう反応をしました?

井口:「いいね!」ってなりました(笑)。

――(笑)。

井口:お手間をかけてしまうこともあったけど、結果、わたしもスタッフさんも、遠慮しないでぶつけるからこそいいものが生まれることを改めて実感できました。

――ひとつ不思議なんだけど、なんで自分が歌詞を書いた曲の話だけしないんですか(笑)。

井口:だって、なんか子どもみたいな歌詞なんだもん(笑)。そう、歌詞も書かせてもらったんです。でも、井口裕香をちゃんと見てくれてる人たちは、一番好きって言ってくれたりしますね。

――「井口裕香の音楽活動」に基本思想として流れているのって、1stアルバムに入っていた“キミのチカラ”じゃないですか。で、“キミのチカラ”の歌詞って主体はひとりで、その人がいろんな人から力をもらっている構図ですよね。でも“キミとボク”は並列で一緒に歩いている感じがするというか。

井口:うんうん。それは意識しましたね、わたしが後ろから背中を押すというわけではなく、一緒に歩いていく、隣にいるっていう。それは、5周年で気づけた大事なことです。

――ちなみに、なんでギターを始めたんですか?

井口:見てください、今のこの爪の長さ! がびーん。いや、ギターはやめてないですけれども……えーっと、カブト会っていう会があって、ディレクターの甲さんがディレクションしてくれてるチームで、はやみん(早見沙織)とか、みゆくん(入野自由)、あとは佐伯さんやいろんな人たちとお話をしたときに、みんなの制作に対する思いを聞いていて、ほんとに刺激的だったんです。はやみんはピアノができるし、みゆくんもギターをやっていて、歌声だけではなくいろんなものと向き合ってるのがカッコいいなあ、っていう単純な興味と、「やってみなよ」っていう勧めもあり。

――そうしたら、ジャケ写にも載っちゃったと。

井口:そうなんです、まるでシンガーソングライターでしょう?(笑)。でも、そうやって触れてこなかったものに触れて、新しい刺激だったり学びによって、いろんなことを考えるようになったので、始めてよかったな、と思います。ファンミーティングでも、拙いながらもちゃんと想いを伝えることを大事にしたいと思って、ギターを弾きました。で、なかなか上達しないわだかまりを感じつつ、ジムに通い始めたら楽しくなってしまい(笑)、今はダンベルを持っていることの方が多いです……。

――(笑)ただ、ギターは一個の象徴で、『Love』は井口裕香がぎっしり詰まったアルバムであると同時に、「変わろうとする意思」をすごく感じるんですよね。

井口:嬉しいです。本当に、それは思います。変わりたかったんですよね。何か新しいことを始めたかったし、とにかく小さな一歩でもいいから前に進みたい思いがありました。

――ジム通いもその一部なんでしょう。

井口:うんうん。かなり大きいです。最近だと、料理教室もそうです。

――意識高いOLみたいな会話になってきた(笑)。

井口:しかも、選びきれなくて、料理教室は3つ入りましたからね(笑)。声優のお仕事は好きだからストレスは感じないんだけど、どんどん世界が狭くなっちゃうというか、自分だけの世界になっていっちゃう気もしていたので、別の刺激を受けることが必要なタイミングなんだな、と感じたんです。『Love』を作って、改めてそう思いました。今思うと、焦ってたのかもしれないです。「ちゃんとしなきゃ」みたいな。ずっと、家が好きで、外からの刺激を遠ざける人間だったので、もったいなかったというか。

――意外ですね。

井口:ずっと、「いつもの安心感」を求めていたんです。いつものメンバーでいつものご飯屋さんに行って、お家に帰ってゆっくり休む、みたいな流れができていて。それがイヤなわけじゃないけど、でも「この沼ってずっといていいの?」みたいな。それも佐伯さんに伝えました。結果、「沼」は歌詞に使われてないんですけど(笑)。20代のわたしは、二択があったらその沼側を選んでいたので。

――『Love』の経験を経て、「隣の芝生は青い」的な発想はしなくなりましたか?

井口:しなくなりました。「うちの芝生もいいもんだな」って思います。改めてちゃんと自分に向き合うのは、ダメな部分も見つけてしまうから勇気が要ることだったけど、結果すごく広い意味で、いろいろなことを受け止めることができました。全部大事なことだなって思えるようになった、というか。変わることは怖いことって思っていたけど、今は変わることが楽しみですね。

――その『Love』を携えて全国を回ったファンミーティングも、よい経験になったのでは?

井口:楽しかったですね~。来てくれるみんなが楽しめる一対一の空間を作れたら、っていうファンミをやって、今までにない経験ができました。ただでさえMCが長いわたしではありますが(笑)、トークも多めで、わたしらしくステージに立てたんじゃないかなって思います。「スーパースターになりたいわけではない」っていう基本的な部分は変わってなくて。みんなとの距離感は変えたくないし、近い距離で一緒に楽しい時間を共有できたらいいなって思うし、もっといろんなところに会いに行けたらいいなって思うし。ファンミを近い距離で1対1、という感覚でやってみて、そこで自分がみんなに渡せるものを感じられた気がします。

――なるほど。今までの話、すごくいい感じの大人感がありますね。

井口:やったー! よかったあ。30歳を前に、いい大人になりました。30からが楽しみです。

もっと信じられるようになったし、絆も深くなったし、それが結果わたしのチカラにもなるし、わたしの何かがキミのチカラにもなってるかもしれない

――20代最後のシングル“UNLOCK”は、まさにいい感じの大人感が入ってますね。

井口:ありがとうございます。ラジオをやらせてもらっていて、いろんなアーティストさんの話を聞くので、「すごいな」と思ったアーティストさんの音楽の向き合い方や、普段の行いも含めていろいろ聞いて、それを自分も真似して落とし込んでみたり、っていう挑戦もしてからの“UNLOCK”のレコーディングだったので、新しい一面として出てきたものがあるのかもしれないですね。『Lostorage』の曲としても、わたしがやっている千夏ちゃんに限らず、何かを求めてすがっていたりするキャラクターが印象的で。レコーディングの前に、アフレコで各キャラクターの心の動きも見てからレコーディングできたので、作品のことをちょっとでも理解できたことで、乗せられる気持ちもあったのかな、と思います。

――いい意味で力が抜けてる雰囲気を感じました。

井口:よかったあ。力を抜きたくて、レコーディングでもいろいろ試行錯誤しました。かっちり歌うというよりは、話しかけてるような、ささやいているような感じも意識したし、すがっているような感じ、女の人だからこそ出せる弱さ、強さみたいなものがあるんだろうな、と思っていて。「どうやって歌ったら力が抜けるかな」と思って、結果ずっと両手を挙げて歌ってました(笑)。正直、“UNLOCK”に限らず今回のシングルは挑戦でした。『Love』で、「自分から湧き出てくる思いを歌うってこんな気持ちになるんだ」って経験したからこそ、タイアップで歌わせてもらうことの重大さや、自分が経験したことではないものを歌うことの難しさもすごく感じました。

――「こう歌ったらいい曲にできるんじゃないかな」っていう道筋が見えてる感じもある?

井口:うん、見えてますね。レコーディング現場でも、自分から提案したり。そうやって取り組めたのはとても大きいですね。

――カップリングの“デザートを前にして”の歌詞の一節、《歌っていれば こんなにも嬉しいんだ》が、とても印象的で。『Love』とファンミを経たことで、より実感を込めて歌えたんじゃないですか。

井口:うん、わたしもそこがすごく好きです。ライブで見た景色を思い浮かべられるし、「これをライブで歌ったらみんなこういう顔をしてくれるかな」って想像するとまた楽しみになります。

――自分から変わろうとしたことで、表現への新たな取り組み方が身についた。最新シングルの『UNLOCK』は、そのことを伝えてくれる1枚なんだなあ、と思いますね。

井口:人と比べたら遠回りだったかもしれないけど、「わたしはわたし」っていうことを今はすごく感じられてるので、これでよかったなって思います。いろいろな人のライブを観に行って打ちのめされたことも、今ではよかったなって思うし。

――打ちのめされなくなった、と。「わたしにはできないな」じゃなく「これもいいな」ですよね。

井口:うん、「これもいいな」です。「わたしだったらこうしたいな」「これだったらできるな」とか。

――少し前までぐるぐるしていたところもあったけど、今は前向きに日々を過ごせていて、音楽活動にもより楽しく取り組めているわけですよね。そうなってみて改めて感じる、一緒に歩いていく「キミ」とは、井口さんにとってどういう存在なんですか。

井口:ええーー! うーん。キミとは、キミとは、キミとは…………なんというか、正直、今まで「キミ」に依存しすぎていたな、と思うところがありまして。

――依存していた関係から――。

井口:対峙できていることはすごく感じていて。今はより近くなっていて。家族のような感じというか。家族って、喧嘩しても次の日になったら普通に会話できるじゃないですか。その中でかけてもらった嬉しい言葉はちゃんと残るし。とても近いけど、離れていても大丈夫、みたいな感覚です。「キミに届けたい」っていう思いはすごく強いけど、「じゃあ自分はどうしたいの?」っていうのが今までのわたしで。今は、自分のしたいことをキミに聞いてほしい、見てほしくて……なんだろうなあ…………。

――井口名人が長考に入ってる(笑)。

井口:(笑)みんなに見ていてほしいし、新しい挑戦をしたいし、それによって「それは井口さんらしくない」って言われたとしても、今は新しいことをしたいし、一緒にそれを経験したいです。

――ひとつ思うのは、「もっと信じてる」ってことかな、と。だから依存しなくても関係性は――。

井口:崩れないです。確かに! もっと信じられるようになったし、絆も深くなったし、それが結果わたしのチカラにもなるし、わたしの何かがキミのチカラにもなってるかもしれない。そういう関係性になっていってると思います。

――最後、声絞り気味だったけど(笑)。

井口:もじもじ(笑)。

取材・文=清水大輔  撮影=小野啓
スタイリング=もりやゆり  ヘアメイク=西田聡子(ZOSP)
衣装協力/OLIVE des OLIVE、OSEWAYA(お世話や)