なぜプロレスラーはわざわざ痛い思いをして闘うのか?<プロレスラー・鈴木秀樹×小説家・黒木あるじ対談>

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2018/6/17

(左)黒木あるじ氏(右)鈴木秀樹氏

 蟻地獄――。鈴木秀樹の試合を見ると、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 ビル・ロビンソンから伝授された確かなレスリング技術で、序盤から相手選手をじわじわと自分のペースに引き込んでいく。そして一度、鈴木のペースにハマってしまうと、相手選手は抜け出すことができず、自分のレスリングを見失う。そこを一気に仕留める。ときに残酷な闘いぶりは、見る者をゾクゾクさせる。それが鈴木秀樹というレスラーだ。

 そんな鈴木に魅了された小説家がいる。怪談のスペシャリストとして知られる、黒木あるじだ。筋金入りのプロレスファン。2017年3月からおよそ1年間にわたり、『小説すばる』でプロレス小説「掃除屋(クリーナー)」を連載し、プロレス界の光と闇を見事に描いた。

 プロレスラーと、小説家。相反する職業の二人に、お互いの著書について、そしてプロレスの“答え”とはなにか、語ってもらった。 ※取材日:2017年9月13日

黒木あるじ(以下、黒木):鈴木選手の試合を初めて生で見たのは2014年。地元の山形でおこなわれたZERO1の大会でした。大仁田厚選手がメインに出場する興行で、そのためか全体的には子供やお年寄りにも伝わりやすい展開の試合が多かったんですけど、鈴木選手のシングルマッチだけが異質だったんです。

鈴木秀樹(以下、鈴木):僕が分かってない奴だったんじゃないですか(笑)。

黒木:対戦相手はイタリアン・ジョーという外国人選手で、どこからどう見てもイタリア人ではなかったんですが(笑)、序盤にグラウンドの攻防がひととおりあって、「さあこれから」と思っていたら、鈴木選手が一瞬で終わらせたんです。地元のおじいちゃんおばあちゃんは、なにが起きたのか分からずポカンとしている。いっぽう僕をはじめとするすれっからしのプロレスファンは「すごいものを見た!」とザワついている。あの雰囲気はちょっと忘れがたいですね。それ以来鈴木選手の試合を追いかけています。僕はプロレスを30年以上見ていますが、その中でも鈴木秀樹という選手は破格のレスラーだと思います。

鈴木:めんどくさいだけですよ。

黒木:興味深いのは、鈴木選手の支持のされ方です。多くのレスラーは、新弟子時代からのプロセスがありますよね。ファンはその成長過程を見守りつつ、ある意味母親に近い目線で応援する傾向が強い。ところが鈴木選手は、ある日突然リングに出現したような印象があるんです。もちろん、ビル・ロビンソンさんに教えを受けて、IGFでデビューして……という経緯は知っているんですが、それでも印象としては、嵐のように現れたイメージが強い。団体にプッシュされるわけでも、ファンが寄り添うバックグラウンドがあるわけでもない。ただ「強い」という一点のみで自分の道を切り拓いている。これはちょっとすごいと思います。

鈴木:確かにプッシュはされていないですね。すごいかどうかは分からないですけど。

黒木:そういえば2ヶ月に1回、我が家で友人を集めて「プロレス研究会」を開催するんです。中肉中背の男が4人集まって、夜の9時から朝の5時くらいまで2ヶ月間の試合をチェックしながら「ああでもない、こうでもない」とそれぞれ勝手に持論を展開するだけなんですが。

鈴木:なんの生産性もないやつですね(笑)。

黒木:1ミリも社会に貢献しないやつです(笑)。まあプロレスファンが4人も集まるので、当然ながら個々の主張はまるで噛み合わないんですが、「鈴木選手はすごいぞ」「プロレスの潮目を変える選手じゃないか」という見解だけは全員一致しているんです。

鈴木:そんなに変えられないですよ(笑)!

黒木:プロレスファンは基本的に妄想を楽しむ人種なので、「もし闘わば」という話題が好きなんですよ。僕らもよく、「だれとだれが闘うと、どんな試合になるか」を議論して一夜を明かすんですが、いまは「鈴木選手はだれと試合をすれば面白いか」という話ばかりしていますね。

鈴木:だれとやったら面白いんですか?

黒木:よく名前が挙がるのは、新日本プロレスでトップの外国人選手、ケニー・オメガ選手ですね。彼はエクストリームな試合を得意としていますが、そのいっぽうで柔術やグラウンドの技術もある。この二人が闘ったらフリージャズみたいにスイングして、ものすごい試合になるかもと期待してしまいますね。ジミー・スヌーカ対ブルーザー・ブロディみたいな試合になる可能性が……と、プロレスファン以外にはまるで伝わらない妄想を抱いてしまいます(笑)。面白いのは、「プロレス研究会」でこの手の話題になると、各々が勝敗や試合展開を解説するんですが、鈴木選手の場合はどうなるか予想がつかない。底が見えないんですよ。

鈴木:底ありますよ。底に来ているのに、みんな気づいてない。誤魔化してます。

黒木:いやいや、少なくともファンの立場からはまだまだ底が見えません。正論と無茶ぶりが同居した、唯一無二のレスラーですよ。プロレスファンでまだ鈴木選手の試合を見ていない人は、もったいなく思うと同時に羨ましくもありますね。僕が体験したあの衝撃を、これから味わえるんですから。

――今回の対談にあたり、黒木さんに鈴木選手のご著書(『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』/日貿出版社)を送りますと言ったら、「持っています」とおっしゃって。

黒木:発売直後に買いましたよ!

鈴木:アハハハ! ありがとうございます。僕も黒木さんの『掃除屋』を読みました。レスラーとして、すごく興味深かったです。

黒木:ありがとうございます! 主人公はロートルながらも無法レスラーを秘密裏に「掃除」するピューマ藤戸というレスラーなんですが、リング上でひそかに相手を始末するというキャラクターなので、藤原喜明選手や木戸修さん、保永昇男さんなど、職人肌で知られるレスラーのエッセンスを組み合わせたんです。ところがいざ書いてみると、腕の取り合いやグラウンドの攻防などを描写するのはなかなか難しい。読者のなかにはプロレスを知らない人もいるわけですから、脇固めひとつにしてもその様子がわかりようにしないといけない。どうしようか悩んだとき、この『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』が非常に役立ちました。ひとつひとつの技が写真で細かく解説されているので、工程がとても理解しやすい。執筆中はずっとこの本を手元に置いてましたね。プロレスに少しでも興味がある、特にここ最近プロレスファンになった人たちこそ買うべき本だと思います。安いですし。

鈴木:高いですよ(笑)。3,600円ですよ?

黒木:中身の充実度を考えれば、ちっとも高くないですよ! 技に対しての理解度が深まり、ひいては試合を楽しむ幅が広がるんですから。この本を読むと、なにげない個々の動きにも必然があると分かるんです。すると、選手がリング上になにを求めているのか、なにを勝ち取ろうとしているのかも見えてくるんですよ。「なるほど、平凡な攻防と見せかけつつ、互いにイニシアチブを取ろうとしているんだな」とか、「相手が派手な技に行きたがっているのを細かいテクニックで防いだな」とか。そういう流れが見えるとプロレスはいっそう面白苦なると思うんです。流行りの言葉を使うなら「プ女子」のみなさんにこそ買ってほしい一冊です。

鈴木:プ女子が一番、買わないんじゃないですか(笑)?

黒木:レスラーの肉体が存分に楽しめる写真集と考えれば安いですよ(笑)。冗談はさておき、たしかに値段だけを見れば「高いよ」と思う人がいるのは理解できます。けれども解説と写真のボリューム、鈴木選手のかけた労力を考えると倍の値段でもいいと思います。プロレスをいまの何倍も楽しめるんですから。

鈴木:じゃあ、倍にしましょう。その分は、僕が直接いただきます。

黒木:それは良いですね、鈴木選手も出版社も読者も、みんなが幸せになれる(笑)。ひと昔前は、「プロレス技入門」的な書籍がけっこう出ていて、10代のプロレスファンがお小遣いをん握りしめて買ったものですが、最近その手の本はあまり刊行されないですからね。そういう意味でも貴重です。プロレスを題材にした漫画や小説を創作しようと考えている方、あとはレスラー志望者にも必読の一冊ですよ。

鈴木:そんなに宣伝していただいて、ありがとうございます(笑)。『掃除屋』のほうこそ、面白かったですよ。

――『掃除屋』は鈴木選手から見て、リアルですか?

鈴木:リアルかどうとかいうのは、見ている人が決めればいいのかなと思うんですよ。僕はIGFにいた頃、全然いいレスラーじゃなかったんです。自己満足だったんですよね。キャッチ アズ キャッチ キャンこそがリアルで、自分がやりたいプロレスなんだ、みたいな気持ちだったんです。でもそれはお客さんにとってはどうでもいいことで、伝わらなかったんですよね。たぶんお客さんを納得させるだけの理屈がなかったんですよ。逆にそれがあれば、リアルかどうかは大した問題じゃないのかなと思います。なので、『掃除屋』もそういう観点では見なかったですね。ストーリーとして読みました。

黒木:そもそも、仕置き人的なレスラーがいるという設定からして荒唐無稽ですからね。

鈴木:そんな奴、1回でクビになる(笑)。

黒木:そこを補填するため、大怪我で昏睡状態に陥った親友レスラーの治療費を払うために裏稼業をしている設定にしました。始末される側にもドラマを作って、主人公のプロレス観とリングで交差させることで、人生のやるせなさや悲哀も描いてみたつもりです。まあ、一番の執筆動機は「大好きなプロレスと大好きなレスラーを書きたい」という単純なものだったんですが。

鈴木:藤原さんの要素が入っていたりとか、セミ、メインではやらないんだけど、第2、第3試合くらいに出てきて、自分の仕事をきちんとやるレスラーを想定しているのかなと思いました。

黒木:中盤あたりの試合を黙々とこなす、いぶし銀をさらにいぶして、焦げついたようなレスラーが好きなんです。休憩前の試合あたりに登場する選手の雰囲気ですね。淡々としているけど、その合間にレスラーとしての矜持がチラチラ見え隠れして、けれども試合は単なるスパーリングの延長ではなく、お客さんをきっちり満足させることも忘れない。そんな職人肌なレスラーの魅力を描きたかったんです。華やかなスター選手もかっこいいですけど、地味で狡猾な選手ってゾクゾクするんですよね。

鈴木:プロレス界って、狡猾な人が揃っているんですよ。そういう意味では、この作品はリアリティーがあります。保険金をもらうためにやるとか(笑)。いまの時代でこそないですけど、90年代くらいにFMWが誕生した頃はインディーが乱立して、「金の出所どこだよ」っていう謎の団体があったんですよね。その頃の感じがします。

黒木:まさしく、僕がいちばん熱狂的にプロレスを見ていた時期です(笑)。団体が乱立し、混沌としていたあの時代のにおいは、「掃除屋」にもあるかもしれませんね。弱さやズルさ、その向こうに見える志やプライドを書きたい気持ちがありましたから。そういえば連載を始めるにあたって、編集さんから「プロレスをまったく知らない人も面白いと思うものを書いてほしい」と言われたんですよ。そのためには、人間としての地金が見えるあの時代の空気を盛りこむ必要があったのかもしれません。もうひとつは、「なぜプロレスラーはわざわざ痛い思いをしているの?」という疑問への答えを出してほしいとも言われました。「そうか、プロレスファンじゃない人からすれば不思議なんだな」と驚きましたね。

鈴木:答えは出ましたか?

黒木:結論から言うと、書き終えても明確な答えは出ませんでした。現役の選手やすでに引退された元選手、あとは他競技の格闘家の方にも話を聞いてまわったんですが、個々によって答えが違う。逆に、その多様さがプロレスを魅力的なものにしているんだなと実感しました。でも、いちばんの収穫はプロレスファンなら疑問にすら感じなかった問いを提示されたことですね。

鈴木:ファンとしての答えは出たんですか?

黒木:凡庸ですが、プロレスというのは「答えでもあり、同時に問いでもあるんだ」と改めて思いましたね。選手はなにかしらの答えを求めてリングに上がる。ファンは闘いに自分の人生を重ねて、なんらかの答えを探す。けれども答えだと思って掴んだものは、新しい問いでしかない。だからレスラーは闘い続け、ファンはその生き様を見続けるのかなと。まあ、いちファンの勝手な目線ですが。当の鈴木選手は、「なんでこんな痛い思いをしてリングにあがるのかな」なんて考えたことはありませんか?

鈴木:僕は試合の翌日に思うんですよ。試合の直後はアドレナリンが出ているのでそんなに痛みは感じないんですけど、翌朝起きたときにもの凄く痛くて、「俺、なんでこんなに痛いことをやってるんだろう?」と思います。

黒木:僕も怪談や小説で飯を食っていますが、日々疑問符だらけなんですね。「これで良いのかな」と絶えず問いかけながら文章をつづり、ときには「なんでこんな仕事してるんだろう」と疑問に思うこともあります。でも、答えが容易に出ないからこそ楽しくもあるし、続けられるんだなと思います。どのような仕事でもそうなんだろうとは思いますが。

鈴木:それは僕も似ていますね。なんでやっているのか、分からなくなる。でもやるんですよ。答えは出ないんですけど、どんな仕事でもそういうものだと思います。

黒木:すべてを終えて振りかえったときに、ようやく答えが見えるのかもしれません。もしかしたら、新しい問いが現れてげんなりする可能性もありますが(笑)。でも、そういう謎かけじみた状況が好きだから、プロレスも鈴木選手も魅力的に感じているんだと思います。ぜひ、今後ともプロレス界に問いを投げかけ続け、僕たちプロレスファンを楽しませてくれることを期待しています!

【PROFILE】

■鈴木秀樹(すずき・ひでき)
フリー。1980年2月28日、北海道北広島市生まれ。専門学校卒業後、上京し、都内の郵便局に勤務。2004年よりU.W.F.スネークピットジャパンに通い始める。ビル・ロビンソンにキャッチ アズ キャッチ キャンを学び、2008年11月24日、IGF愛知県体育館大会の金原弘光戦でデビュー。2014年にフリー転向。現在、大日本プロレス、ZERO1などで活躍中。191cm、115kg。Twitter:@hidekisuzuki55

■黒木あるじ(くろき・あるじ)
1976年、青森県生まれ。山形県在住。2009年、怪談専門誌『幽』主催の怪談実話コンテストにおいて、「おまもり」で特別賞受賞。2009年、『怪談実話 震』(竹書房)でデビュー。著作に『無惨百物語』シリーズ(KADOKAWA)、『怪の職案』『怪の地球儀』(角川春樹事務所)、『二十五時の社員』(大和書房)ほか多数。2017年からは小説も発表。『小説すばる』(集英社)にて連作短編「掃除屋(クリーナー)」を連載するなど多岐にわたり活躍している。

取材・文・撮影/尾崎ムギ子