認知症を公表した蛭子能収さんが専門医に本音を語る――書籍『ボケ日和』特別インタビュー

暮らし

更新日:2022/2/25

長谷川嘉哉さん、蛭子能収さん

「認知症になっても、ありのままの姿を見せて稼ぎたい」
「でも、仕事する気はあまりない……」

 思わず二度見してしまうような名言を繰り出すのは、漫画家でタレントの蛭子能収さん(74)。蛭子さんと言えば、他人のお葬式で笑ってしまったり、テレビの旅番組で土地の名物を食べずに好物のカレーを食べてみたりと、空気を読まないことで知られる自由人だ。そんな蛭子さんがアルツハイマー型とレビー小体型の認知症を併発していると公表したのは、2020年7月のこと。

「それを聞いて、どうしても蛭子さんとお話ししたかった」というのが、認知症専門医の長谷川嘉哉さんだ。長谷川さんの著書『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)は、認知症の進行具合を「春・夏・秋・冬」に分けて、実例を交えて綴るエッセイ集。2022年2月現在、5万部を超えるロングセラーとなっている。

「実は私の祖父が認知症だったこともあって、『ボケ日和』では介護家族に重きを置いて認知症のことを書いています。ただ一方で、日ごろクリニックで診療している患者さんたちの気持ちをしっかり汲み取れているのかという疑問も強くなってきました。認知症について語れる初期や中期であっても、患者さんには見栄があるので、なかなか本音を聞かせていただけないからです。でも、見栄とは無縁の蛭子さんなら、認知症患者さんの本音を聞かせてもらえるのではないか? そう思って、今回の対談をお願いしました」(長谷川さん)

 現役の認知症専門医が聞く、認知症になった蛭子さんのリアルとは──?

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認知症のことだって、しゃべりたい!

長谷川:はじめまして、長谷川です。最初に蛭子さんにお聞きしたいんですけど……ご自身が認知症になったことって、実は聞かれるの嫌じゃないですか? 話したくないことってあります?

蛭子:え……別にないですよ。オレはむしろそういうの、しゃべりたがってるのかもしれないです。何聞かれてもオレは大丈夫ですね!

マネージャー:昔からあまりNGない。NGがないタレントですよ。

長谷川:それはありがたいです。世の中には「認知症のことは本人に聞いてはいけない」みたいな風潮があるので。だからこそ、本音でしか話さない蛭子さんとお話ししたくて。まず、教えていただきたいのが、私が患者さん家族からよくされる相談なんですけど、「うちの親が物忘れが激しくなってきて、病院に行ってほしいけど、言い出せない」と。

蛭子:へぇ……なんでやろ。

長谷川:「プライドを傷つけるかも」と。蛭子さんはどうですか? テレビの企画で受診されたそうですが、抵抗はなかったですか。

蛭子:それは全然ですね。検査して(認知症だと)確信が持てるなら、その方がいいと。

長谷川:ですよね。実は蛭子さんのように、「自分の状態がわかってホッとした」という患者さんは多いんです。自分のことがわからないのって不安ですから。なので、患者さんのプライドはあまり気にせず、家族は「病院に行こう」と言っていいと思うんです。「ショートステイに行ってほしいけど、言えない」というご家族の悩みも同じですね。

蛭子:ショートステイ……オレは行ってるのかな。忘れてしまった。

マネージャー:行ってますよ。週3、4回

蛭子:行ってる?

マネージャー:行ってます、行ってます。

蛭子:ホント?

長谷川:そうなんですよ……。認知症で物忘れが始まると、そもそも行ったことを忘れてしまうので。だからご家族が「言おうか、言うまいか」と悩む必要もあまりないなと思ってて。

長谷川嘉哉さん

「ありがとう」を言うようになった理由

長谷川:蛭子さんはデイサービスにも行ってますよね。お昼を食べたりする……そこは抵抗ないですか?

蛭子:オレはそこは、抵抗は全然ない。早くシューッと行って、早くパッと帰ってくる。

マネージャー:奧さんが具合が悪くて通院していたことがあるので、「介護してる方が倒れたら大変」という思いがあるみたいですね。

長谷川:お世話した経験があるから、お世話する方の気持ちもわかるんですね。実は、今の70代以上の男性の多くは人のお世話をした経験がないので、介護する側の気持ちがわからない。だから「ありがとう」も言わない人が多くて……。

マネージャー:蛭子さんは最近、「ありがとう」を言うようになったんですよね! 九州男児なので、認知症になる前はあんまりそういうことは言えなかったんですけど……。

長谷川:どうして言うようになったんですか?

蛭子:なんでやろ……。ああ、施設でもときどきわけのわからない怒り方をする人がいて、その人に対してうまくやってる人がいて、あのように動けばいいのかって。

長谷川:その場をしのぐ方法を覚えたんですね(笑)。

蛭子:まぁ……「ありがとう」とかは、ほんとは別にどうでもいいと思ってるんですけど(笑)。

長谷川:言っとくと、場がなごみますからね。介護の現場でも、「ありがとう」の一言ですべてがチャラになることは多いです。それまで「うるせー!」と暴力を振るってた人が、最後の最後に1、2回「ありがとう」と言っただけで、どんなに迷惑をかけられた家族も「あの人はいい人だった」となったりする。それぐらい「ありがとう」って、介護する側からするとすごい言葉で。

蛭子:ありがとう、ありがとう……。やっぱり言っとくといいですかね。

蛭子能収さん

出来事は忘れても「感情」は残る?

長谷川:ところで、認知症医は、学校で「患者さんはあったことは忘れるけども、感情は残るんだよ」と教わります。だから、なんで怒られたのか理由はよくわからないけど、怒られて悲しい気持ちだけは覚えているという。そういうことって実際……。

蛭子:ありますね。なにが正しいとか悪いとか、そういうのは、あんまり自分ではわからないけど……。でも、「あの人は怖い」「あの人は優しい」と思うときは、ときどきあります。「優しいな」と思う人は、書きもののときに「こうしたら」って手を添えてくれたり……。ちょっと女房に近いような感じの。そういう女の人がパッパと教えてくれたら、すごく嬉しいですよね。

長谷川:介護士はやっぱり異性というか、女性がいいですか。

蛭子:それは女の人が嬉しいですね。

マネージャー:今も、会うと蛭子さんがニコニコする女性の介護士さんがいますもんね。

蛭子:うへへ。あの……なんか……その人からオレにね、近づいてきてるような気がするんです。それは……ないですよね?

長谷川:ああ、介護士さんは優しいから、勘違いする患者さんも多くてですね、手を握られたりキスされたりすることが結構あって。介護現場の悩みでもあるんですよ。

蛭子:ほんとですか!

長谷川:特に、マジメ一辺倒で過ごしてきた人が認知症になると、そういう振る舞いをすることが多いんです。学校の先生とか。それまでガマンしてきたんでしょうけど、認知症になると脳の理性をコントロールする部分が弱ってくるから。

蛭子:そうなんや……。

長谷川:なので、「あの人は僕に気がある」と思っても、気だけにしといてください。

蛭子:はい、気だけにしときます。

長谷川:逆に言うと、ずっとやりたいことをガマンしてると、認知症になってから振る舞いに出るので、ある程度は出しておいた方が、年を取ってからトラブルが少ないかもしれません。そのあたりは、蛭子さんみたいに過ごすのがいいと思いますよ。

蛭子:あっ、そうですかね。

いくつになっても、お金が好き

長谷川:ところで、蛭子さんといえばギャンブル好きで有名ですが、最近は?

蛭子:ああ、興味なくなりましたね。競艇もほんとにまったく。何もやってない状態です。

長谷川:認知症でわからないことが増えてくると、周囲に対する興味や好奇心が失せて、ウツっぽくなることがありますからね。僕の本の中では、認知症の進行具合を「春・夏・秋・冬」に分けて説明してるんですけど、ウツっぽくなるのは「夏」から「秋」くらいかな。

蛭子:ギャンブルはね……やりたいという気持ちも失せているね。

マネージャー:そうですか? 実は、この裏に雀荘があって……。

蛭子:え、雀荘!?

長谷川:今日、一番いい反応ですよ! こんなふうに、好きなものって脳をすごく活性化する。なので、ぜひ続けてほしいんですけど……ギャンブルの他に好きなのは?

マネージャー:蛭子さんは、数字が好きですよね。「この仕事がいくらか」って、ちゃんと紙に書いてまして。それを計算するのがね。だから、意外と数字に強いんです。

蛭子:昔、そろばん塾に行ってて、そろばんすごく好きだったんですよ。えっと、それでも、5級やけど……(笑)。

長谷川:それは数字が好きというより、お金が好きなんですよね?

蛭子:お金好きです。お金がないと、なんにもできないようになっちゃうので。だから今も、稼いでいたいというのはあって。

長谷川:認知症になっても稼ぎたい。それはすごくいいですよ! 極論ですけど、長生きすれば最後は必ずボケます。その期間が数日か、数年か、十数年かの差はありますけど、最後はみんなボケるんです。そのとき体が動けば、生活のために稼ぎたいと思うのが普通でしょう。それに「人生100年時代」と言われる今後は、認知症を発症して生きる時間はますます長くなるかもしれない。だから、蛭子さんみたいに認知症になっても稼ぎたいというのは、今後のあるべき姿かもしれないと思います。今日は本音をお聞かせくださり、ありがとうございました!

蛭子:あっ、はい。ただオレは、仕事しようという気持ちはあんまりない……。

長谷川:えっ。

マネージャー:「漫画を描くことよりタレントの方が楽なんだよ」ってずっと言ってますもんね。

長谷川:……で、でもやっぱり、仕事って最高に脳にいいんですよ! 人間、必要とされると嬉しくてイキイキしますし、人とコミュニケーションもとるから、進行がゆっくりになる。だからぜひ仕事は続けてほしいんです!

蛭子:まぁ、そうですね。小銭は稼ぎたいです。

長谷川:脳の活性化のためにも、面倒でもお仕事はぜひ!

蛭子:わかりました!

長谷川:タレントさんのお仕事だけでなく、漫画や絵のお仕事の方も、ぜひね。

蛭子:えっ……そっちはやっぱり……面倒くさいですね。

長谷川嘉哉さん、蛭子能収さん

〈プロフィール〉
蛭子能収(えびす・よしかず)
1947年生まれ、長崎県出身。漫画家、タレント。1973年、「パチンコ」で漫画家デビュー。天然キャラで注目を集め、バラエティ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』や、映画、ドラマなど多方面で活躍。著書多数。近著に『認知症になった蛭子さん~介護する家族の心が「楽」になる本』(光文社)。

長谷川嘉哉(はせがわ・よしや)
1966年、名古屋市生まれ。名古屋市立大学医学部卒業。認知症専門医、医学博士、日本神経学会専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本老年病学会専門医。主な著書に、ベストセラーとなった『親ゆびを刺激すると脳がたちまち若返りだす!』(サンマーク出版)、『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)などがある。

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