「いい意味で泥臭くて熱い」柄本佑さんが、映画『ハケンアニメ!』の出演を決めた理由とは?

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公開日:2022/5/13

柄本佑さん

 本当に面白い作品ってどんなもの? 映画が未来に遺せるものって何? 柄本佑さんが雑誌『ダ・ヴィンチ』の表紙で持つ本に選んだ作品は、中学時代に出会った特別な一冊、大友克洋の『童夢』。そして取材日の前日に観たロベール・ブレッソン監督の映画と、柄本さん自身が出演する映画『ハケンアニメ!』。それらが重なり合ったとき、柄本さんが大切にしている役者としての想いが立ち上がってくる。

(取材・文=松井美緒 写真=干川 修)

 柄本佑さんが本誌のために紹介してくれたのは、大友克洋の伝説の名作『童夢』。わざわざ自宅の本棚から持ってきてくれた、想いのこもった一冊だ。人に薦めてはプレゼントし、その度に買いなおしているという。『童夢』との出会いは、柄本さんが中学生のころ。

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「うちのかーちゃん(女優の角替和枝さん)がマンガ大好きで、階段の踊り場が埋め込み式のマンガ専用本棚になってたんです。ガロ系から少女マンガまで並んでて。その中から大友克洋さんを薦めてくれて。最初は『ハイウェイスター』。『ショート・ピース』から『AKIRA』へと進んで、『童夢』はなぜか最後でした」

 その最後の一冊の吸引力がものすごく、柄本さんは大友作品にはまっていった。ちなみに専門学校の空間映像科を受験した際には、『ショート・ピース』収録の短編「宇宙パトロール・シゲマ」の企画書と脚本を書いて合格したそうである。最近のマンガも多く読むが、それでもなお、柄本さんが生まれる3年前、1983年に発売されたこの『童夢』は特別だ。

「『童夢』が何よりすごいのって、一冊にすべてが凝縮されてるでしょ。これってもう完成された映画じゃないですか。一つ一つの絵が完璧で、全部Tシャツにしたいくらい。『AKIRA』も、もちろんめちゃくちゃ面白いです。でもちょっと長いでしょ。『童夢』はたった250ページ弱の中に、『AKIRA』の世界観が丸ごと詰まっている。しかもそれが団地で起こるんですよ。団地っていうごく身近な日常の空間に、サスペンスやSFを見出した。素晴らしい手腕の物語作りだと思います」

 だが、『童夢』って何の話? と問われると、これが意外に答えづらい。

「何の話なのか、僕よくわかってないんですよ(笑)。お話は緻密でソリッド。ソリッドだけど無駄だらけのような気もする。読んでいるときには明確に実態が見えているのに、読み終わると急にぼんやりして掴みどころがない。でも、ただただ面白い」

 この取材の前日に観たロベール・ブレッソン監督の映画『湖のランスロ』『たぶん悪魔が』についても、同様の感想を持った。

「2作品ともすごい面白いんですよ。でも何の話か全然説明できない(笑)。具体性しかなくて、音から何から寸分見逃さないぞっていう撮り方で本当にすごかった」

 内容に解釈を加えるのはむしろ野暮。解釈は作品の世界を狭めてしまうのではないかとも柄本さんは考える。

「読み終わったあと、観終わったあとに何も覚えていないっていうのが、結局一番いいんじゃないでしょうか。説明も意味づけもせずにただ楽しんで、『面白い! かっこいい!』って言える。それが最上級の作品じゃないかと思うんです」

 柄本さんは、自身の出演映画『ハケンアニメ!』の公開を5月20日に控えている。アニメの制作現場を描いたこの作品に出演を決めたのも、やはり“ソリッド”が重要なキーワードだった。

「脚本がとにかくソリッドでウェルメイド。役者というよりは一読者になって、ひたすら面白いと思いながら読んでいました。なんていうか“抜け”がいいんです。スピード感とクールさが同居して、とても清々しい。『ああ、僕もこの中に入りたい』と思いました」

 物語の軸は、アニメの頂点“ハケン=覇権”を目指す戦い。吉岡里帆さん演じる新人監督・斎藤瞳をはじめとしたアニメの仕事人たちが、日本中に最高のアニメを届けるべく互いの情熱をぶつけあう。柄本さんの役どころは、瞳を抜擢した鬼の敏腕プロデューサー・行城理だ。行城は感情を表に出さず、一見ビジネスのことしか考えていないよう。しかしアニメを視聴者に届けるという意味を誰よりも知り尽くし、瞳を支える姿には信念がある。実態が掴めないけど、でもかっこいい。

「行城は正直者でもあり、策士でもある。撮影中は、あまり手を緩めず瞳を追い詰めてもいいのかなと思っていました。映画やドラマの撮影現場に、たまにすごくきれいな格好で現れる人がいるんですよ。スタイリッシュなスーツ着て、『上手くいってる?』とか言いながら高いプリンを差し入れる(笑)。行城はそんなイメージもありました。一見絶対この人、作品と心中する気ないんだろうなみたいな。でも本当は違うんですけど」

 物語の後半、行城は瞳に問う。あなたがアニメで未来に遺したいものは何か、と。瞳の答えは本当に胸に刺さり、『ハケンアニメ!』の名シーンの一つとなっているので、ぜひ劇場で観ていただきたい。では翻って、柄本さんが映画によって未来に遺したいものとは何か?

「うーん、難しいですね。何だろう。でも何か一つを僕が遺すというよりは、映画そのものかな。映画って一人では作れないでしょう。監督のもとにスタッフさんや役者が集って生まれる総合力。その映画っていう丸ごとを、たくさんの方に観ていただきたい。それでやはり、『面白い!』ってシンプルに思っていただきたい。みんなが面白いって言ってくだされば、その映画はきっと未来に遺る」

『ハケンアニメ!』も、もちろん未来に遺ってほしい一作だ。

「この映画は、いい意味で泥臭くて熱い。75年に公開されたロバート・アルドリッチ監督の『ロンゲスト・ヤード』みたいなイメージです。血湧き肉躍るスポ魂もの。そう思ってもらえる力が『ハケンアニメ!』にはあると思います」

 

映画『ハケンアニメ!』
(c)2022映画「ハケンアニメ!」製作委員会

映画『ハケンアニメ!』
原作:辻村深月(『ハケンアニメ!』マガジンハウス刊) 
監督:吉野耕平 
出演:吉岡里帆、中村倫也 、柄本 佑、尾野真千子 
配給:東映 
5月20日(金)公開

 連続アニメ『サウンドバック 奏の石』で監督デビューが決定した斎藤瞳。夢は日本中に最高のアニメを届けること。しかしプロデューサーの行城理はビジネス最優先で、スタッフも声優も一癖ある人ばかり。制作現場は一向にまとまらない。ライバルは、瞳も憧れる天才・王子千晴監督の復帰作『運命戦線リデルライト』。“ハケン=覇権”を争う熱い戦いが繰り広げられる。

柄本佑
えもと・たすく●東京都生まれ。2003年、映画『美しい夏キリシマ』で主演デビュー。18年『きみの鳥はうたえる』『素敵なダイナマイトスキャンダル』などによりキネマ旬報ベスト・テンや毎日映画コンクールで主演男優賞受賞。近年の主な出演映画は『火口のふたり』『痛くない死に方』『殺すな』など。22年は『犬王』(声の出演)『川っぺりムコリッタ』『シン・仮面ライダー』などが公開予定。