一気読みさせるミステリーの書き方とは? 「このミス」大賞作家・梶永正史による、東野圭吾『新参者』の読み方

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/27

新参者
新参者』(東野圭吾/講談社)

「読み巧者」は「書き巧者」。巷では、作家になるには読書量が勝負だと言われる。たしかに「小説が巧い」と言われる作家の多くが読書家である。しかし、ただ漫然と好きな本を読んでいても、上手に小説が書けるようになるわけではない。作家になる書き手は、実作者の視点で本を読み、参考になるところを作品に取り入れている。

 本稿では、作家デビューを手がける文芸エージェントが、作家・梶永正史さんから創作に役に立った本を一冊挙げてもらい、自身の創作のためになったポイントをお聞きした。デビュー前にミステリーを書こうと決めた梶永さんが推理小説を読み漁っていたところ、抜群に読みやすかったのは東野圭吾作品だったそうだが、なかでも『新参者』(講談社)から梶永さんが学んだ「一気読みさせるミステリーの書き方」とは?


advertisement

■公募時代にハマった「東野圭吾ミステリー」

梶永正史

――2013年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』でデビューしましたが、作家を志した頃からミステリーを書いていたのでしょうか。

梶永正史さん(以下、梶永):初めて書いたのはロードトリップもので、心を病んだ青年が旅をしながら成長し、ひとつのゴールにたどりつく物語です。応募できる賞が見当たらず、試しに「このミステリーがすごい!」に応募しましたが、一次選考で落ちてしまいました(笑)。

――それから本格的にミステリーを書くようになりました。

梶永:はい。ただ、独学でしたから、事件を起こして謎を作り、解決へのヒントを散りばめて、探偵役がそれらを回収しながら、どのようにゴールにもっていくのかという設計図が書けなくて、苦労しました。

――研究のために、推理小説を読み漁っていたところ、もっとものめりこんだのが東野圭吾さんの作品だったそうですね。

梶永:どの作品も読みやすくて面白かったのですが、特に『新参者』を読んだときは「こんなミステリーを書きたい!」と強く思わされました。難しいミステリーだと、読みながらページを戻って「なんて書いてあったかな」と確認しなくてはいけませんが、東野作品の多くに後戻りは不要で、次々とページをめくり、一気読みできる。これはなぜかを自分なりに分析して、作品に取り入れていきました。3年連続で一次落ちでしたが、研究の成果があったのか4年目に大賞を受賞することができました。

■謎解きのためのヒントの出し方が絶妙

――ミステリーを書く上で、もっとも参考になったのはどういう点でしょうか。

梶永:僕は、ミステリーは「読者がパズルのピース(謎を解くヒント)を拾い集めながら推理に参加する文学」だと考えています。だから、作者はピースを過不足なく用意し、適切に配置し、読者が最後にはパズルを完成させて真相にたどりつくように組み立てなければなりません。東野さんの作品は、それらが理数系のように計算されているような印象があります。

 例えば、『新参者』は9章構成ですが、全体としてはひとりの女性が首を絞められて殺されたという事件を追うストーリーではありながら、章ごとに町のひとたちの「嘘」と向き合い、「秘密」を解いていく人情劇でもあります。それぞれの章の「事件」は殺人事件とは関係がないのですが、その真相に迫る情報が少しずつ隠されていて、「日常の謎」を解きながら徐々に真相に近づいていきます。

 このヒントの出しかたが絶妙です。被害者が殺された理由や生前の不可思議な行動を追って人物像を描き出すという物語の目的に向かって、そのために必要な数だけ「なぜ」を用意し、一章ごとに町のひとの謎を解くと、ひとつの「なぜ」がクリアになる。そしてつぎの「なぜ」を追う……。

――ひとつの「なぜ」を具体的に示していただくと、どんなところになりますか。

梶永:第一章「煎餅屋の娘」では、ある男性が煎餅屋にスーツ姿で立ち寄るところから始まります。その後、彼はある殺人事件の犯人として疑われるのですが、このときスーツを着ていたかどうかが、謎解きのポイントとなります。この伏線の回収や種明かしも素晴らしいのですが、この小さな真相が全体の大きな謎解きにもつながっていくところが、またワクワクします。

■探偵役が「何を追いかけているのか」を常に読者に示す

――ミステリーを「一気読み」させるには、「読みやすさ」が欠かせませんが、情報量が多いと読者の中にはつまずいてしまう人が出てきます。

梶永:読者がストーリーを追いながらミステリー的要素を理解してもらうには、探偵役が何を追いかけているのかを常に読者に示すことが重要です。例えば、警察小説の場合だと、捜査会議の場面を作る、相棒に反対させて意見交換する、何も状況を知らない人物を登場させるなどの工夫をしています。

 テレビドラマではよくホワイトボードに関係者の写真をマグネットで留めて相関図をつくっているシーンがありますが、あれも実際にはしないそうなので、視聴者にわかりやすくするための工夫ですね。

『新参者』でも捜査会議のシーンや、相棒役となる刑事との掛け合いを通して情報を整理整頓するシーンが見られます。読者に対する気配りですが、私の場合は自分のために書いていたりもします。

 というのも、本編を執筆していると必ずしもプロット通りにいくわけではなく、当初は考えていなかった設定や登場人物、手がかりなど新たなアイディアが追加されることがよくあります。そうすると連鎖反応でその後の展開がプロットから変わっていくので、それらが破綻していないか、登場人物と一緒に自分も確認しているような感じです(苦笑)。

――警察小説や警察ドラマならではの工夫ですね。

梶永:僕はデビュー作が警察小説なのですが、警察の動きを知るために警察小説をよく読みました。刑事たちの言動が本当かどうかは分からないけれど、作家志望者が推理小説を書く上でどのように警察を描けばいいのかを学ぶことはできます。作家によっては、アクションやリアルな推理ものなど作品によって警察の描き方を変えていらっしゃる方もいますが、東野作品では警察の動きは一貫しているので分かりやすい。これから警察小説を書いてみようという方にはお勧めです。他にも、大沢在昌さん、今野敏さん、横山秀夫さんはとても参考になりました。

梶永正史

■読者の理解を妨げない小説表現とは?

――「読みやすさ」を追求する上では、文章も重要です。

梶永:いち読者として読んでいるときは、なぜ読みやすいのかまでは意識が及ばず、友人から「なんで読みやすいの?」と聞かれてもうまく答えられませんでした。自身が小説を書くという目線で東野さんの文体を改めて読んでみると、わかりやすさのポイントが見えてきます。

 まず、ストレートな文章です。比喩表現などがあまりなく、情報を正しく伝えることを第一に言葉を選択し練られた文章という印象を持ちます。読者が混乱なくパズルのピースを拾い集めるためには、誤解することなく理解できる効果があります。

――文章に凝り過ぎないことも重要ですね。

梶永:次に、映像的な文章です。視点人物から見える風景や人物の動きなど目に映ったままが文章になっているようで、読者も脳内にそのシーンを映像として描きやすい気がします。東野作品には映像化されたものが多くありますが、それも関係しているかもしれませんね。ここでも多義的な言葉や誤解を招く表現・比喩を避けています。

――例えば、どういう点を映像的だと思われますか。

梶永:『新参者』の場合ですと、難しい情景描写や心理描写からではなく、町の風景が目に浮かぶような導入です。会話から入っている章も多いですね。連作短編集は章ごとに設定がリセットされるので、読みにくいと感じる読者もいますが、そのハードルを下げる工夫をされているのだと思います。

――確かに9章構成のうち3章が会話から入っています。会話も生き生きとしています。

梶永:そのことは最後のポイントにも通ずるかもしれません。それはユーモアです。シリアスなシーンが続くと読者にもストレスが溜まってしまいますが、『新参者』では主人公や人形町のひとたちとの間にクスッとさせられるシーンが挟まっています。『新参者』は人情劇でもあるので、各キャラクターに対して愛情を抱くことができます。読者を適度にストレスから解放することで一息つき、情報を整理整頓する余裕を生ませているのかもしれません。

――梶永さんはこうした学びを作品に生かしているのですね。

梶永:僕が執筆するときも、読者が「ページをめくる手が止められない」というリーダビリティを大切にしています。特に、読者が確認のために後戻りしなくてもすむよう、分かりやすく伝えることを意識しています。「分かりやすい」といっても、単にストレートな文章で描くということだけでなく、ヒントの出し方や謎の追いかけ方まで配慮しています。

 新刊『ドリフター』(双葉社)でも、自分の恋人はなぜ死んだのか、その背後に何があるのかという全体の謎を追いながら、真相解明に向かっていろいろなイベントが起こって、ゴールに向かう構成を取っています。こういった点では、東野作品は私の小説作法のベースの一部になっています。

――最後に、作家志望者の方々に向けて、こうやって本を読んで研究したらよいというアドバイスをお願いします!

梶永:人気作品などを読んで、なぜ売れているのかを解析することは技術力をつけるという意味においては大切なことだと思います。ただ解析目的で読むと、心から楽しめないような気もしています。 面白かった! こういうのが書きたい! と思わせてくれる作品との出会いは、執筆へのモチベーションを高めてくれると思います。

 僕はいまでもそういった作品を読むたびに、デビュー前の感情を思い出します。小説の作法も知りませんでしたが、書きたいという気持が溢れて止まらなかったことを覚えています。数多ある執筆論に惑わされて頭でっかちになってしまうと、なにより大切な「ストーリー」が生み出せなくなるかもしれません。執筆が孤独な作業であるからこそ、こういった感情はなによりも大切なのではないかと思っています。どうか、ご自身が心を踊らされるような素敵な作品と出会ってください。

 そして、まずは楽しみましょう!

取材・文=栂井理恵

プロフィール
梶永正史(かじなが・まさし) 1969年、山口県生まれ。2014年、『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』(宝島社)で第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。著書に「郷間彩香」シリーズ、『組織犯罪対策課 白鷹雨音』(朝日新聞出版)、『ノー・コンシェンス 要人警護員・山辺努』(祥伝社)、『アナザー・マインド ×1捜査官・青山愛梨 』(角川春樹事務所)、『銃の啼き声 潔癖刑事・田島慎吾』(講談社)、新刊に『ドリフター』(双葉社)がある。
Twitter:@MasashiKajinaga

あわせて読みたい