橘ケンチと三浦しをんがファン100名と『舟を編む』を語り合う――たちばな書店presents「読後会」レポート

文芸・カルチャー

更新日:2019/2/4


「国際文芸フェスティバルTOKYO」11月22日から主催イベントスタート。先行サテライトイベントたちばな書店presents『舟を編む』読後会が大盛況!

 11月22日(木)〜25日(日)をコア期間として「国際文芸フェスティバルTOKYO」が開催される。「海外・国内の文芸作品(およびそこから派生する多様なコンテンツ)の魅力を、さまざまな切り口で紹介し、文芸を盛り上げていくフェスティバルイベント」であり、国内外の作家・識者の講演や、バスツアーなど読者参加型のイベントも多数行われる。

 そのサテライトイベントのひとつとして、11月12日に行われたのが、たちばな書店presents「三浦しをん(著)『舟を編む』」読後会だ。「たちばな書店」とはEXILEのパフォーマーであり、読書家としても知られる橘ケンチさんが主宰する、「本を通してたくさんの方々と価値観を交換して、共有する “広場”」であるモバイルサイト。「読後会」は、たちばな書店初の試みで、「読んだ本に関して思いを語り合ったり、作者の方に質問したりできる場を作りたい」という橘さんの提案で実現した。

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 課題図書は、辞書づくりに人生をかける人々を描いた『舟を編む』。橘さんは『ダ・ヴィンチ』で『ののはな通信』について語ったことがきっかけで著者の三浦しをんさんの「虜になった」という。 

 登壇者は、橘さん、三浦さん、橘さんの友人でもあるブックディレクターの幅允孝さんの3人。参加者は、EXILE mobile会員の中から抽選で選ばれた約100人。和やかに、かつ熱っぽく進行したイベントの様子を、レポートする。

 

課題図書
『舟を編む』
三浦しをん 光文社文庫
新しい辞書『大渡海』の編纂に取り組む個性的な面々を、10数年にわたって追う。辞書作りという果てしない仕事に、真剣に、地道に、しかも心からの喜びを感じながら取り組む人々の姿が美しい。自分が情熱を持って取り組めるものは何なのか、問うてみたくなる。2012年本屋大賞受賞。実写映画化、アニメ化、コミカライズもされた人気作。

 

辞書編集者・馬締光也は、彼氏としてアリかナシか!?

 イベント開始直前。参加者の多くはフセンのついた『舟を編む』を手に、神妙な面持ちで席についている。「なんか緊張しちゃいますね」とささやく声も聞かれ、ただ「見る」だけのイベントにはない緊張感と高揚感が入り混じっている。


 橘ケンチさん、三浦しをんさん、幅允孝さんが笑顔で登壇し、リラックスムードで挨拶をすると、会場の空気もやわらいでいく。

 参加者には秘密で、座席は主人公の辞書編集者・馬締光也(まじめみつや)が「恋愛対象になるか」「ならないか」というアンケートに基づいて分けられている。言葉オタクで口下手、マジメという名前を体現したかのような一途で不器用な彼は、女性にとって「男」として魅力的なのだろうか。


 結果は「ほぼ半々」といったところ。「ならない、という人が圧倒的だと思っていたのでほっとしました」と三浦さん。

 さっそく馬締についての意見を募るが、緊張からなかなか手が挙がらない。すると幅さんの提案で、橘さん自らマイクを持って参加者のもとへ。「なる派」から「結婚相手として考えると、真面目なのが一番」「好きを突きつめている人はかっこいい」などの意見が出るなか、「ならない派」の参加者から、手が挙がる。

「人間的に魅力的で、尊敬できます。ただ私自身はセクシャルマイノリティなので、恋愛対象にはならない、と記入しました」。

 別方向からの視点に、ハッとさせられる。そこから時代ごとに言葉をどう扱うか、などの議論にも発展した。

 次に「ならない派」から手を挙げた女性は「私は(馬締の同僚である)西岡さんと同じで、夢中になれるものが見つかっていない。馬締にも、辞書にも嫉妬してしまうと思うので、おつきあいするのは難しい。(ヒロインの)香具矢さんは自分の道があるから馬締さんとうまくいったのだと思う」と語った。さらに西岡のことが好きだと言い、「自分の世界がないから他者からの評価を求めてしまうところに共感。プラス、チャラチャラして見えるけれど実は器用貧乏で、内心ではコンプレックスにまみれてもがいている感じが愛しい」と一息に話すと「おおー」と会場から感嘆と共感の声が上がった。

 三浦さんから「橘さんは、ご自分は馬締タイプ、西岡タイプのどちらだと思いますか?」と質問が出ると、橘さんは「どっちでもあるんですよね。昔からみんなと遊ぶのも好きだったし、ひとりでいるのも好きなんです。本を読んだりしている時は話しかけられたくはないですし。そういうところは馬締に共感できます」と答える。さらに続けて、印象的だったシーンとして、ヒロインの香具矢が馬締の好意に応えて、寝ている馬締の布団の上に乗ってくるシーンを挙げ、「香具矢が積極的に馬締を攻めるところに、ものすごくドキドキしました。自分の上にいるのが、猫だと思ったら、女子だった……! すごくあこがれましたね(笑)。これこそギャップですよ」と吐露。そこから、馬締と香具矢の恋愛についての議論が白熱していく。

「いつ、香具矢は馬締を好きになったのか?」というお題では「あの手紙がラブレターだと気づいた時」「お互いにひとめぼれ」「タケおばあさんのすすめが最初からあったのでは」などあちこちから声が上がる。会の開始時にあった緊張感は消え、参加者が語ることを楽しみ始め、本好きならではの熱が会場を満たしていく。

 三浦さんは頷きながら読者の意見を聞いていたが、幅さんに促されると「どれもなるほど、と思いました。展開が急過ぎるという意見もいただいていたんです。馬締はラブレターはがんばって書きましたが、その後の展開は100年待っていてもないな、と。それで香具矢も自分からガバッと行ったのだと思います(笑)」と話し、会場からは笑いが起こった。

「やさしい」「仕事に対する考え方が好き」――西岡正志が圧倒的な人気

 休憩の後、席替えが行われた。「馬締光也」「西岡正志」「林香具矢」、そして新人辞書編集者の「岸辺みどり」の誰に思い入れがあるかという事前のアンケートをもとに、今度は4つに分かれて着席。西岡派が予定のエリアに収まらないほどの圧倒的な人気ぶりを見せる。

「やさしい」「仕事に対する考え方が好き」など西岡への愛が語られる中で、「外部の執筆者に理不尽に土下座を強要され、一度は土下座しようとするも途中で思い直し、形勢を逆転する」くだりに心動かされた、との声が。幅さんも「僕もあのシーンでぞわぞわっとした。西岡はあれで〝辞書人〟になったのかなと思いました」と語る。

 橘さんは「ああいう瞬間ってありませんか? 直観的に『これはいかん』という自分の心の声が聞こえるのか、今日はこれをやらないほうがいいなと思うようなことがある。そういうところで、その人の本質が決まる気がします」と話した。

 すると三浦さんが「何かに真剣に取り組んでいるからこそ、勘が働くということがあるのだと思うんです。以前、林業の取材をしていた時、何十年というベテランの方が『すごくいい天気なのに、今日はどうしても山に行きたくない、と思うことがある。そういう時は絶対に行っちゃいけない』と話されていて。気づかないうちに集中力が低下していたりするらしく、心の声に従わずに行くと事故にあったりするそうです」と話した。三浦さんは?と問われると「私は……いつも『今日は書かないほうがいい』と思っています(笑)。ただ、なんとなく安直な展開を書こうとして『何か気持ち悪いな』と思ってやっぱりやめるようなことはありますね」と語る。

 幅さんも「本の買い付けで海外の大きな倉庫に行くと、面構えを見て『なんかこれよさそう』と、呼ばれている感覚になることがある。やはり毎日時間を費やしているものって、自分の体と近くなる感じがしますね。西岡はちゃらんぽらんにやっているようで、実は辞書の世界にすごく肉薄していたのかなと思います」と語り、議論は深まっていく。また間取り図やプロットなどが書かれた三浦さん手書きの設定資料が公開されるなど、「小説が出来ていく秘密を垣間見せていただきました」(幅さん)。

 さらに、『大渡海』の監修者である松本先生が好きだという人からもたくさん手が挙がる。橘さんも「プロジェクトには軸になる人が必要。何期にもわたって受け継がれていく辞書作りという仕事において、軸になっているのは松本先生だった」。松本先生が辞書の完成を待たずに亡くなる展開については会場からこんな意見が。「亡くなることに、“継承”の意味があるのかなと。それが、(橘さんの所属事務所名)LDHさんのLOVE + DREAM + HAPPINESSの精神とつながる気がして……松本先生の夢だった辞書の編纂が、荒木さん、馬締さんに受け継がれて、馬締さんの熱に動かされた西岡さんにも伝わり、岸辺さん、香具矢さんの夢にもつながって、アルバイトの大学生にも夢が広がっていった。実際は違ったようですが、今回の課題図書が『舟を編む』になったのは、そういう共通点があるからなのかな?と思っていました」。

 それを聞いた橘さんは「うれしいですね、そう言っていただけて。課題図書に決まった時点ではそこまで予想はできていなかったんですが、読んでみたら通ずるところがあるなと思いました。メンバーが変わっても、『大渡海』は引き継がれていくんですよね。LDHに限らず、いいコンテンツ、いいブランドというのは時を超えて残っていく。その思いに感化された人たちが、その世代なりにブラッシュアップして磨き上げて、もっと大きくしていく……この国際文芸フェスティバルTOKYOも、EXILEも、そうなるといいなと思います」と話した。

 まだまだ話したりない!という参加者の熱気が感じられるなか、約2時間のイベントは終了。本について作家本人や識者の話を聞いたり、読者が自ら語ったりすることの楽しさをあらためて感じさせ、これから始まる国際文芸フェスティバルTOKYOへの期待が高まるイベントとなった。

取材・文:門倉紫麻 写真:内海裕之

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