いじめられている君へ 辻村深月を読もう

社会

公開日:2012/8/1

 度重なるいじめ事件を受けて、朝日新聞の朝刊一面で連載されているコラム「いじめられている君へ」。7月28日には直木賞を受賞したばかりの辻村深月が登場し、話題を集めている。

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 友だちとうまく付き合えなかった少女時代の辻村を救ってくれたのは、ゲームやアニメ、ライトノベルなどのフィクションだったという。「暗い」「オタク」とバカにされ、つらい思いをしたこともあったそうだが、いま小説を書いているのもその頃の延長線上で「私が好きだったもののことは、誰にももうバカにはさせない」と力強く宣言。子どもたちにも「つらい状況に追い込まれる前に、夢中になれるものを見つけて」と呼びかけている。

 実は“いじめ”や“学校の閉塞感”は、辻村がデビュー以来、繰り返し描いてきたテーマだ。
デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』(講談社)に登場する、いじめられて拒食症になってしまった少女。その少女に「辻村深月」という名前を付けたのは、単に他のミステリ作家に倣っただけではないのかもしれない。

 フィクションの世界が現実の自分を守ってくれる。『凍りのくじら』(講談社)には、そんな彼女の当時の思いが詰まっているようにも思える。主人公の理帆子は、表面的には周囲とうまく付き合っているが、心の中ではどこにも居場所がないと思っていた。そんな彼女を支えているのは、亡き父が書斎に遺したドラえもんのコミックスだ。大好きなドラえもんの道具や世界を空想すること。それはただの現実逃避だと、逃げても何も変わらないと言われるかもしれないが、彼女は空想することで救われたのだ。

 また、『ぼくのメジャースプーン』(講談社)は、学校で起きた陰惨な事件のショックで心を閉ざし、言葉を失ったふみちゃんを助けようと奮闘する少年の物語。作中、少年をサポートする不思議な“先生”が、少年にこんなふうに語る場面がある。
「自分のために一生懸命になってくれる誰かがいること。自分が誰かにとってのかけがえのない人間であることを思い出すことでしか、馬鹿にされて傷ついた心は修復しない」

 朝日新聞の記事の中で、彼女は「悲しいけれど、いじめって絶対になくならない」と述べている。それに対する意見は賛否両論あるだろうが、こんな風に考える彼女だからこそ、安易なハッピーエンドは書かない。でも、必ず救いはある。

 はじめて彼女の作品を読む人には、ぜひ『凍りのくじら』と『ぼくのメジャースプーン』をおすすめしたい。辻村自身も先日行われた「大学生のための読書講座」でいちばん気に入っている著書を問われた際、この2冊を挙げ「初めて(辻村作品を)読む人に読んでほしい」と話している。きっとあなたも救われる一文が見つかるはずだ。