これが“新しい”家族のカタチ? 初対面の女と結婚したコブつき漫画家の物語『おとなのずかん改訂版』

マンガ

公開日:2022/8/20

おとなのずかん改訂版
おとなのずかん改訂版』(イトイ圭/小学館)

おとなのずかん改訂版』(イトイ圭/小学館)は全員他人の男と女と子どもの3人が、家族になる物語である。

 死んだ友人の子どもを引き取った男が、初対面の女に結婚を申し込んで、全員他人の同居生活を始めるのだ。こう書いてもツッコミどころが幾つもあるだろう。ただこの3人の“まだ”名前のない関係が、おかしさとせつなさを伴う不思議な雰囲気を醸し出している。

友達が好きな男、友達の遺児、初対面の女との同居譚

「ほしくないですか、この子」。クドーこと工藤総一郎(くどうそういちろう)は、税理士事務所で初対面の女性・槙野布紗子(まきのふさこ)にこう申し出た。まるでお菓子をすすめるくらい軽く口をついて出た言葉だ。

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 クドーがその場に連れてきていた少女・キキの父親であるハルキに、布紗子が似ていたからだ。わずかな計算もあったにせよ、相手にとってみれば本気にとるのは難しい提案というか告白だった。そもそもコブつき、しかも“キキはクドーと血の繋がりはない”のである。

 しかし布紗子はにっこりとほほ笑んで、すぐにこう返事をした。

そちら、いただけるならぜひ。
私、ちょーど恋人もいないし
結婚もしてないし子どももいないし、
だから――
超ラッキーです!

 クドーは自分が告白しておいて「いいんですか?」と聞き返す。自分の行動は棚に上げて困惑する。喜びはない。誰もが「どういう女性なんだ」と怪しむだろう。

 いずれにしても突拍子もない提案をした男は、女のペースにのせられ、話は一気に進む。

 クドーは独身では養子を迎えるのは難しいため、契約上だけの結婚相手が欲しかったことをはっきりと伝える。証人にサインをもらい、婚姻届を書いて提出する。クドーとキキが暮らす家に布紗子が鳥とともに引っ越して来る。

 こうして全員他人の奇妙な3人の生活があっさりと始まった。

“おかしさ”にこだわるクドーという男

 本作は本筋の合間にクドーとキキの父親・ハルキとの回想が描かれ、物語とクドー自身の輪郭がハッキリしていく構成になっている。

 クドーは「自分の子ども・キキをあげる」というメモをハルキから受け取り、素直に引き取っていた。仕事を変えて一緒に暮らし、養子にすると決めていた。だが彼はこの選択が正しいのか悩んでいた。加えて言えば、この先もずっと悩む。クドーはそもそも真面目でフツーなのだ。

 美術系の大学時代、課題で20枚の絵を描けと言われたら、それ以上にたくさん描いてそこから選んで提出するような学生だったクドー。ハルキは真逆だった。いろいろ“おかしい”男で、頭はよくないが人に好かれるパーソナリティー。クドーもまた、彼に憧れるようになる。自分にない“おかしさ”をもっているハルキに、こう言ったことがあった。

カレシとかダンナとか父親とか
でもそんな役求められても俺ようできん。

…友達と家族になれたらええのに。

 クドーは女性が好きだと公言しており男性が好きなわけではない。ただハルキは大切な友人で「一人の人間として好き」だと認識していた。

 恋ではない。愛とも違う。自分だけの特別な情、思い入れ、執着、誰もがもっている感情だ。ただそれが同性の友達だっただけだ。

「死んだハルキの子を健やかに育てたい」と願ったクドーは、偶然ハルキに似た“おかしな”女性と出会い共にキキの親になる。そして彼女にこう言われるのだ。

私たちも十分おかしいです!

 友達の子を引き取り、初対面でプロポーズした女性と婚姻関係を結び、一つ屋根の下で暮らし始めるクドーは、すでに“おかしい”のである。

クセのあるおとなたちの「ずかん」の行く末は……?

 この奇妙な家族ドラマには、クドーと布紗子以外にいろいろなおとなが登場する。まさに「おとなずかん」だ。

 ふたりの婚姻の証人になる男性、坂義己(ばんよしみ)は、勢いで突き進むクドーに率直な言葉を投げかける。「同性の友達が好きで、その願いを聞いて好きでもない女性と結婚するんだな」。嫌な言い方にも読めるが、実は本稿のライターも同様に考えていた。坂の言葉は急展開していくストーリーに対しての、読者の素直な感想でもあるのだ。ちなみに坂はクドーによれば「いい人でもないが悪い人じゃない」そうだ。

 2巻には坂の元妻の平子さんが登場、そして物語の根幹にかかわるキャラクターがその影を見せる。いずれもクセのあるおとなたち。ただやはりおかしさでいえば、クドーと布紗子がワンツーフィニッシュである。

 男が初対面の女の中に見たハルキは、ルックスだけではなかったのだ。すでにおわかりだと思うが、布紗子は相当変わっている。彼女のキャラクターも本作のおかしみであり魅力なので、ぜひ確かめてみてほしい。

 キキを家族にするという念願がかなったら、悩める男・クドーの眉間の皺が伸びるのだろうか。そうであったとして、そのときにどんな家族のカタチを見せてくれるのか。楽しみに読んでいきたい。

文=古林恭

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