ゾワ~ッ…ちょっぴり不気味で不思議な話の詰め合わせ『怪談未満』

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/31

怪談未満
怪談未満』(三好愛/柏書房)

 本書『怪談未満』(三好愛/柏書房)は、「怪談」ではなく、その「未満」の話である。日本国語大辞典で「怪談」の意味を調べてみると「不思議な話。あやしい話。気味が悪く、恐ろしい話。特に、化け物、幽霊などの話」とあった。「未満」は「ある一定の数に達しないこと。ある数を境にして、その数を含まずにその数より下であること。定数に足りないこと」なので、不思議で怪しくて気味が悪くて恐ろしい……までは行かないし、化け物や幽霊も出てこないけれど何やらゾワ~ッとする話、ということになるだろう。

 著者の三好愛さんは、このエッセイを書くにあたり「日常と非日常の裂け目を描きましょう」と担当編集者と話し、本書冒頭で「怪談とまではいかないけれど、今もわからないままのこと、ずっと腑に落ちずにいること、少しゾッとしたときのこと」と定義されている。

 そんな話が27篇、そして各篇のエッセイから着想した三好さんのイラストが収められた本書は二部構成になっており、第一部は「日常の不気味」と題され、三好さんが遭遇してきた数々の体験が収められている。第一部の最初には「モフッとしている」という可愛らしいタイトルのエッセイがあるのだが、東京の谷根千にある墓地の隣の物件に引っ越す、というなかなか不穏な展開から始まる。さらにその引っ越したばかりの部屋の隙間で見つけた、モフッとしたものとは……その正体は「なぜそこへ入り込んだのか?」というものであったが、読んで驚いてほしいので内緒にしておく。

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怪談未満

 第二部は懐妊と出産にまつわる話がまとめられた「産むことの不思議」だ。三好さんにとって「日常と非日常の裂け目」どころではない妊娠生活のエピソードは、「こちらはこれから物理的に股が裂ける未来があるんです。男性のAさんにはこの恐怖はわかるまい。私はとりあえずAさんを恨みました」という担当編集Aさんへの呪詛から始まる、これまた不穏過ぎる展開で幕を開ける。

怪談未満

 さらに三好さんの一方的な呪詛は俳優の松重豊さんと、松重さんが演じるドラマ『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎にも向けられる。松重さんとしてはとんだとばっちりであるが、三好さんにとって腑に落ちないことばかりが立て続けに起こっていた事態を知ると「確かに深い憎しみを抱いてしまうかもしれないよなぁ」と思ってしまった(松重さんごめんなさい)。呪詛や不安などを抱えながら妊娠期間を過ごし、なんとか無事出産→子育ての日々へとたどり着く三好さんだが、妊娠中の女性が抱える悩みや感情の揺れ動きを記した文章にはすっかり翻弄されてしまった(男性諸氏にもぜひお読みいただきたい)。

怪談未満

 三好さんの文章とイラストは、いわゆる“世間で言うところの正しさ”と“自分らしさ”の彼岸と此岸をゆらゆらと漂いつつも、ついついわかりやすくて他人から非難されづらいマジョリティ集団へと流されがちな私たちの気持ちをグッとつかみ、「本当にそれで、いいの?」と問いかけてくる。世間体を気にして自己否定してしまうことほど、不気味で恐ろしい話はないのだ。

 また前作『ざらざらをさわる』では、カバーを外すと表紙に描かれている奇妙な生き物の目だけが真っ黒な中にあるという凝った装丁がされていたが、『怪談未満』ではカバーの表紙→裏表紙の順で見るとタイトルがタイトルだけに一瞬ヒヤッとしてしまった。ところがカバーを外して本の表紙→裏表紙の順で見てみると、連続する4コマ漫画のように絵がつながる作りになっていた。しかも本書を読むと「むむむ、なるほどそういうことか!」と納得できるようになっているのだ。装丁デザインは前作に引き続き三好さんの夫君が担当されているということを知り、「そうか、これは愛なのだ!」とひとり膝を打ってしまった私であった(あくまで個人的感想です)。どういうことなのかは本書を手にしていただくとわかると思うので、ぜひ書店等でご確認を!

文=成田全(ナリタタモツ)

©三好愛

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