『氷菓』のアニメ化から10年……同時代を走ってきた青春ミステリの傑作「市立高校シリーズ」の魅力

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/19

理由あって冬に出る
理由あって冬に出る』(似鳥鶏/東京創元社)

「私、気になります!」というセリフ、耳にしたことはあるでしょうか。そう、『氷菓(角川文庫)』(米澤穂信/KADOKAWA)のヒロイン、千反田えるの決め台詞です。学園ミステリ小説の同作は、10年前にアニメ化され大きな話題を呼びました。同作をはじめ、これまで青春とミステリがかけ合わさった、日常の謎に挑む物語は数多く登場しています。その中で、氷菓同様にアニメ化されれば、爆発的な人気を獲得するのではないか? と筆者が密かに期待しているのが、似鳥鶏氏による『理由あって冬に出る』(東京創元社)から続く「市立高校シリーズ」です。

 主人公の葉山くんが通う市立高校では、文化部は少人数で活動することが多く、ゆえに部員確保のために激しい勧誘合戦が横行していました。美術部の葉山くんは、多くの文化部が活動する芸術棟へ定期的に足を運ぶため、勧誘の標的にされやすく、さらに勧誘されるついでに、なぜか無理難題を押し付けられてしまう、という巻き込まれ体質の持ち主です。

 フルートを吹く幽霊の正体や、市立高校七不思議の秘密など、葉山くんのもとに持ち込まれる不可思議な謎を神出鬼没の文芸部部長・伊神先輩が、鮮やかに解決していくのが基本的なストーリーラインです。

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 しかし、じつはこの伊神先輩、シリーズ2巻目で学校を卒業してしまいます。もともと伊神先輩は「面白い」ことにしか反応せず、ただでさえ掴みどころのない伊神先輩と物理的な距離ができてしまった葉山くん。伊神先輩がいない学校で起きる謎を自力で解き明かそうと一段とがんばります。このように、シリーズ通しての葉山くんの成長を垣間見ることができるのも、見どころの1つと言えるでしょう。

 また、作中の軽妙な会話劇も同シリーズの特長です。特に葉山くんとヒロインの柳瀬先輩が繰り広げる掛け合いは、読者の頬を緩ませる効果があるようなので、電車内で読み進めるのは危険かもしれません。たとえば……

「柳瀬さん、お腹空いてるんですね?」
「うん。葉山くん、耳たぶ食べていい?」
「駄目です。夕飯食べられなくなりますよ」

 このように、これで付き合ってないって本当ですか? というくらい息ぴったりな2人ですが、柳瀬さんは日頃から「前世から結ばれていた」なんて葉山くんをからかうので、葉山くんはなかなか柳瀬さんの気持ちに踏み込めません。会話のスピード感に対して、じれったい2人の恋の行方もどう転がるのか気になります。

 また、このシリーズで登場する「謎」も忘れてはいけない大きな魅力です。一見すると生徒の悪戯に思える事件が、二転三転してほろ苦い真相が明らかになってしまうことも。謎を生み出す要因が、高校生年代特有の青さや人間関係にあることも少なくないため「甘いだけが高校生活ではなかったな……」とノスタルジックな郷愁に駆られる大人の読者も少なくないでしょう。

 昨年3月に発売された、シリーズ最新巻の『卒業したら教室で』では、柳瀬さんの卒業があらすじで明らかにされていたため、書店員さんにシリーズが完結するのかを尋ねるファンが続出したそうです。しかし、後に似鳥先生がまだ完結していないと明言したので、ほっと胸を撫で下ろした人も多かったことでしょう。まだまだ続く葉山くんの学園探偵(?)生活を、あなたも覗いてみてはいかがでしょうか。

文=小森重秀

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