『ミステリと言う勿れ』が読者に与える癒し。映画化が決定したヒット作の魅力を主人公から考察

マンガ

公開日:2023/2/14

ミステリと言う勿れ
ミステリと言う勿れ』(田村由美/小学館)

 2022年のTVドラマ化に続き、2023年秋映画化決定! 累計発行部数も1800万部(2023年1月現在)を突破しノリに乗っている『ミステリと言う勿れ』(田村由美/小学館)は、連載開始から驚異的大ヒットを飛ばし続けている。

名言の裏側にあるものとは

「名言が刺さる」と話題の本作品の主人公・久能 整(くのう ととのう)は、教育学部の大学生。友達も少なく、一人が好きなのになぜかおしゃべりだ。アフロ頭の見た目も相まって、どこからどう見ても変わり者という言葉がよく似合う整くんは、話しているうちに、不思議と相手の心に入り込んでいく。

 整くんが切り込む疑問や質問は、日々の生活に溶け込んで、忘れ去られ、なかったことにされている弱者の叫びに繋がっているからこそ、こんなにも多くの人に響くのだ。

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 どこか生きにくいのに、原因がわからない。なんかモヤモヤするのに、どうしたらいいかわからない。身近すぎて当たり前すぎて疑問にも思わなかったことに一瞬当たるスポットライト。

「あれ?なんでこう思ったんだろう?」「なぜ疑問を持たなかったんだろう?」

 無意識下に沈められ見ないことにしてきた事実に気づくことで、受け入れさせられ、我慢を強いられてきたことに怒りが湧き、悲しくなるかもしれない。しかし、気づかなければスタートラインに立てない。整くんの言葉は、そんな隠れた深層心理にそっと触れてくる。そして、読んだ人自身が考えを深め、受け入れ、消化することができれば、要らないものが排出され、癒しに繋がっていくと思うのだ。

物語は舞台劇から景勝地を舞台にした2時間サスペンスへ

 舞台劇を思わせる閉鎖的な空間で繰り広げられることが多かった整くんの「おしゃべり」という名の一方的なカウンセリングは、最新12巻から舞台を富山に移し、ある事件を追っている。

「あとがき」で作者の田村由美先生が明かしたのは、昔々、お茶の間のゴールデンタイムを独占した通称2時間ドラマのこと。綱渡りのようなトリックと人間関係の捻れの中で起こる殺人事件を解き明かすサスペンスドラマのテイストが本エピソードには取り入れられている。

 今までの事件とどこか繋がりを感じさせつつ幕を開けた新エピソードでは、閉鎖空間から飛び出した整くんが出会う人、出会わされた人に持論をバンバン展開している。外へ飛び出したことで、より周囲に振り回され、流されながらも、なぜか深く重く周囲と関わってしまう整くん。

昔からそういうこと言う人がいますけど
常々疑問に思っていました
どうしてそんな
理に適ってないことを
言うんだろう

『ミステリと言う勿れ』第12巻 88頁より引用

「理に適っていない」ことに、トコトン敏感な整くんがそう言い切る言動の根底には、批判的思考が見え隠れしている。

対話を通してたどり着く納得と共感のベースにある批判的思考とは

 整くんは、目の前の情報を鵜呑みにせず、論理的に問題を明確化し、情報を分析・評価し、客観的、多面的な角度で推測し仮説をたてている。その仮説を裏付ける事実にたどり着くためのツールが”おしゃべり”なのだ。知識豊富で隙のないおしゃべりに圧倒されて、時には揚げ足取りのように感じる人もいるかもしれない。しかし、複雑な問題であればある程、対話を重ねて妥協点を探すことでしか方向性を決めることすらできないのではないだろうか。

 感情や過去の思い込みに惑わされず、客観的な事実に基づく理論と偏りのない思考で問題解決にたどり着くさまは、今まさに「これからの社会を生き抜く力」として度々取り上げられている批判的思考に通ずるだろう。

 整くんが教育学部を専攻し、将来教師を目指している理由はまだ明かされていないが、本人は「(教師に)向いているから教師になりたいわけではないです」と言い切る。

 教える立場である教師にこそ、批判的思考が必要とされている。整くんのような対話を通して問題解決をしていくスキルを持った若者は、ある意味、次世代を担うヒーロー像にも繋がっているのかもしれない。

執筆:ネゴト / 祖父江まゆ子

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