SNSで募集した「鬼のはなし」に隠された真相を暴く。影踏み鬼、色鬼、手つなぎ鬼――日常にひそむ「鬼」を描いた連作短編集

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/15

鬼の話を聞かせてください
鬼の話を聞かせてください』(木江恭/双葉社)

 あなたの体験した「鬼」の話を百字以内で聞かせてください、と言われたらいったいどんな記憶がよみがえるだろう。日本の角をはやした、おとぎ話に出てくるような本物の鬼でなくとも、鬼としか形容しようのない存在と出会ったことのある人は、あんがい、少なくないのではないだろうか。子どもの頃、はやく寝ないと鬼がくるよと脅されたときの恐怖。いつも優しくて穏やかな人が見せた憤怒の表情。鬼嫁や鬼畜という言葉もライトに使われる私たちの日常には、実はそこかしこに鬼が潜んでいるのだと、描き出すのが小説『鬼の話を聞かせてください』(木江恭/双葉社)である。

 冒頭の体験談募集は、本作のなかで実際になされたもの。発案者はフリーライターの霧島ショウだが、行方知れずなのか死んでしまったのか、なんらかの事情で不在らしい彼にかわって、その仕事を引き継いだのがカメラマンの桧山だ。桧山の信念は〈何もなかった頃には戻れないのに、何が起きたかわからない。そんな状態でいるよりも、鬼が出るか蛇が出るか、知れるほうがずっといい〉。そんな桧山は、体験談を投稿した人たちに会いにいき、彼らの記憶をつぶさに掘り起こすのだが……。

〈小さい頃、祖父の家で真夜中に影踏み鬼をしたら、得体のしれない鬼が現れた。その夜、その家で人が死んだ〉という思い出を語る女性。カラースプレーで奇妙な図形が落書きされる〈色鬼〉事件が連続して起きる町で、カラースプレーにまみれて死んでいた少女、を最初に発見した警察官。嫉妬に狂い、愛した男とその愛人を斬りつけ家に火を放ち、みずからも命を絶った〈心中立ての鬼女〉の兄。どれも、関係者に割り切れない感情を残した、後味の悪い事件ばかりだ。けれど、思いが強いからこそ、見たくないもの・知りたくないものに蓋をして、真実から無意識に遠ざかってしまう。まるきり外部の人間である桧山は、一切の感情を排したロジックの積み重ねで、誰もたどりつけなかった鬼の正体を容赦なく暴き出していく。

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 誰が報酬をくれるわけでもないのに、桧山がわざわざ投稿者たちに会いにいくのは、写真を撮りたいからだ。鬼に出会ったと感じる瞬間の非日常感をとらえたい。映し出すことができないのならば、せめて聞きたい。知りたい。そんな彼が望んでいるのは、過去の真相などではなく、ときに不都合な真実をつきつけられたときに投稿者たちが見せる、表情の歪みなのではないだろうか。

 影踏み鬼、色鬼、手つなぎ鬼、ことろことろ。それは、本作に登場する、鬼にまつわる子どもの遊びだ。私たちの日常には、とてもたくさんの鬼が、愉快な顔をしてまぎれこんでいる。おとぎ話でも都市伝説でもない。鬼とは、誰がどんなきっかけで変化するかわからない存在なのだ。投稿者も、そして読者である私たちも。

文=立花もも

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