直木賞作家のエッセイが、疲れすぎてヘトヘトな日常にうるおいをくれる件

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/23

小日向でお茶を
小日向でお茶を』(中島京子/主婦の友社)

 疲れすぎて、何を食べていいのかもわからなくなってしまったとき。あるいは、理不尽な現実に打ちのめされて、何もかもいやになってしまったとき。もし少しでも文字を追う余力があるのならば、『小さいおうち』で直木賞を受賞した、作家・中島京子さんの初エッセイ『小日向でお茶を』(主婦の友社)を読むことをおすすめしたい。

 小日向、というのは東京都文京区にある地区のことで、地下鉄の茗荷谷が最寄り駅。本書に収録されている過去5年のエッセイは、中島さん自身が住んでいたその地で書いたから、というのがタイトルの由来だそうだが、読んでいるとお茶を飲みながらひなたぼっこしているように、心がぽかぽかしてくる。

 読んでいてよくわかるのは、中島さんがとても食べるのがお好きな方ということだ。2018年10月からの半年をおさめた第1章「世界中、どこへ行ってもおなかはすくのだ」には、プライベートあるいは仕事で世界各国を旅した中島さんが、現地でどんな料理を食べたのかが綴られていて、しょっぱなの「バルセロナのお豆腐屋さん」エピソードからして、食欲を刺激されてしまう。世界、というのにはもちろん、日本も含まれていて、シリア難民救済のためたちあげられた東京都・外苑前の期間限定シリア料理レストランの話も、興味を惹かれた。ただの食い倒れレポートではなく、日本語には性に関する罵倒語が少ない代わりに野菜を使ったそれが多い(おたんこなす、大根役者、うらなりなど)という話も、非常に興味深かった。

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 第1章に限らず、中島さんの日常において、食を楽しむことが大事にされていることは、読み進めていくとよくわかる。ただ、不思議と「グルメな方なんだな」という印象は受けなかった。食いしん坊、というのとも、またちがう。なぜだろう、と読み終えてしばらく考えたときに、思い至った。中島さんは、人の営みというものを、とても大切にしている方なのだ。

 そう思って読み返すと、第1章からして、中島さんは食を通じて人の話をしているのだということがわかる。第4章に、こんな言葉があった。〈さて。いろんな土地からやってきた人たちがおおぜい暮らす国となったいま、わたしたちはそれらの料理からなにを発見することになるのだろう。〉もちろん、シンプルにおいしいという喜びもあるだろうけれど、中島さんは食べることを通じて文化を、そしてその文化を育んできた人たちの営みを観察し、慈しんでいる。読んでいると不思議と、そのあたたかなまなざしが自分にも降り注いでいるかのように感じられ、削られていた心に、うるおいが戻る。ちょっとだけおいしいものを食べて、自分の営みをとりもどしてみようかな、という気持ちにさせられる。

 ちなみに、ご自身で「ステマのようだ」と表現するほど、作中にはストレッチローラーを使った日々のストレッチについても語られているが、筆者も再三、トレーナーにやったほうがいいと言われているメニューばかりだったので、そこも非常に奮起させられた。〈できるだけ正気を保って、退屈せずに天寿を全うしようと思うなら、それなりに楽しめるなにかを見つけないと〉いけないが、そのためには健康な身体を保つ努力も、必要不可欠なのである。

文=立花もも

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