モラハラ夫に苦しむかたわら、自分は女性用風俗へ――漫画『都合のいい果て』があぶりだす夫婦のリアル

マンガ

公開日:2023/4/19

都合のいい果て
都合のいい果て』(山田佳奈、志水アキ:著/講談社)

 夫婦のコミュニケーション不足がもたらす悲劇を、まざまざと描写すればこのような展開になるだろうと感じた。それほど登場人物たちの感情が生々しく、リアルなのだ。

都合のいい果て』(山田佳奈、志水アキ:著/講談社)の主人公は夫の不倫を知ったショックから女性用風俗を利用するようになり、自分の相手をした男性を好きになってしまう主婦・透子(とうこ)。

 近年、「女性用風俗」を扱う漫画が増えてきたように感じるが、本作における女性用風俗の立ち位置は、透子という人物の個性をより際立てるひとつの要素であり、恐らく透子の人生を変えるであろう人物との出会いの場でもある。そのため2巻後半になると、女性用風俗という言葉はあまり出てこなくなり、代わりに透子、そして彼女が恋した青年・祥示の内面がクローズアップされていく。ふたりがなぜ今の境遇に立っているのかが明らかになるのだ。

advertisement

 本作を読み進めていけば、モラハラ不倫夫や女性用風俗など、人目をひく題材を扱った作品ではあるが、「センセーショナル」という言葉だけで表現することは誰もできないだろう。

 物語が始まってまもなく透子は夫の不倫に気づく。決定的な証拠をつかんでも夫の渉に歯向かえない、おとなしい性格の透子は、一部の読者にとっては感情移入しにくい人物かもしれない。

 物語を透子の復讐劇として展開させることもできたのかもしれないが、透子は夫を責めず不倫のことも言わない。ただただモラルハラスメントで透子を苦しめる渉に気を遣い、女性用風俗で知り合った祥示との性行為で自らを慰めて寂しさを埋める。

 彼女は夫とのいさかいから逃げているようだ。逃げたまま女性用風俗で出会った祥示に透子は夢中になるが、彼女の状況をふまえると、それは恋と呼べるのだろうか。

 透子も渉も、夫婦でありながら意思疎通しようと努力するようすが見えない。夫婦として何よりも先にすることは、自分の気持ちを配偶者にさらけ出すことなのではないかと、読みながら歯がゆい気持ちになる。しかしふたりとも向き合いはせずに、ほかの異性との恋愛にのめりこんでいく。

 透子の人物像を表している場面がある。いつものように透子が歩いていると高齢の女性がペットショップで子犬に夢中になっているのを目にしたときの、透子の心に宿った思いに注目してほしい。

誰もが 手軽に懐いてくれる対象を欲しているのだ

 ところが後日、透子はその高齢女性が孤独死したと知る。彼女には家族がおらず、近所の女性たちは、孤独死した彼女にとって夢中になれる対象は子犬だけだったと陰口をたたく。

 透子の生い立ち、つまり彼女がどのような母親に育てられたのかも見逃せないポイントだ。母親は透子が子どものときから男の子と泥だらけで遊ぶのを許さず、今は渉と同様に彼女を追い詰める存在である。

あなたは渉さんに養ってもらってる立場なのよ?
子供も作らないで……
身の程を知りなさい
本当に

 身近に理解者のいない透子と孤独死した女性が重なる。高齢女性が孤独を埋めた子犬は、透子にとって祥示の存在を意味している。

 また本作は女性用風俗で働く祥示が住むシェアハウスのいびつな人間関係や彼の生い立ちも描く。祥示も祥示で、幼いころから父への憎しみを抱え生きているのだ。

 彼は透子を癒すだけの存在ではない。心に闇を抱えた青年だった。そんな祥示が、2巻の終盤でとった行動は、私たち読者にとって理解できるものなのか、ぜひ本作を読んで感じてほしい。

 志水アキによる美しい絵が物語に彩りを添えつつ、本作の持つ、人づきあいの中で生じる感情の、リアルな部分をあぶりだしていく。

 一度読めば止まらなくなるほどのめりこんでしまう。そんな漫画を探しているすべての人に、本作と出会ってほしい。

文=若林理央

あわせて読みたい