「勉強すること」「学ぶこと」とは何か? 元教師のパン職人が無料学習塾を通して子どもたちとその意味を探し成長していく物語

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/7

クロワッサン学習塾
クロワッサン学習塾』(伽古屋圭市/文藝春秋)

 なぜ「勉強」しなければいけないのか――子どもから、こんな疑問をぶつけられたことはないだろうか。「将来に役に立つから」ともっともらしく答えてはみるものの、「本当のところはどうなんだろう……」と、大人でも疑問に思う人もいるかもしれない。そんなときはちょっと視点を変えて、小説で「学ぶこと」の意味を考えるのもいいかもしれない。伽古屋圭市氏の文庫書き下ろしの新刊『クロワッサン学習塾』(文藝春秋)は、元小学校教師のパン職人が無料塾を開く物語。学校や家で、ちょっとした「困りごと」をかかえる子どもたちが、「学ぶ意味」を考えながら少しずつ成長していく。

 東京の小学校教員だった黒羽三吾は、母親の死でひとりになってしまった父親を助けるため、教員をやめて小学4年生の息子・真司と地元に戻ってパン職人の修業を始めた。いつものように朝の店番をしていた三吾は、ここ数日、店を訪れてくるある少女の不審な様子に気がつく。注意深く観察していると、なんと彼女は目の前でサンドイッチを万引きしてしまうのだった。現場を押さえた三吾が少女から詳しい事情を聞くと、一條茉由利と名乗る彼女の母は夜勤で忙しく、なかなか宿題を見てくれずに学校で少し困っているという。どうしても少女をそのままにしておけない三吾は、「勉強を見てあげようか」と提案するが、「なにか下心があるのでは?」と、少女の母親から疑惑の目を向けられてしまう。丁寧に対話を繰り返して、ついに三吾は息子の真司と茉由利を生徒にした無料塾を開く。パン屋の定休日にパン屋の事務所で開かれる、その名も「クロワッサン学習塾」――。


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 物語の中では、情熱で塾を開いた三吾が、子どもに、保護者に、「なんのために学ぶのか」を問われ自分なりの答えを語る。

「人生は死ぬまでずっと、学ぶことばっかりなんだよ。そして学べば学ぶほど、知識が増えれば増えるほど、人生はどんどん豊かになる。学生時代の勉強はその訓練だと思うんだ」

「“学びの勉強”が身についていないと、世界はひろがらず、本当にやりたいことが一生見つけられないかもしれない。仮に見つけられても実現する力を持てない。子どものうちに“学ぶ力”を身につけておくことは、幸せになるための、人生を豊かにするための必ずや糧になると信じています」

 元教員だからこそ、受験やテストといった「現実」に直結する学びの状況は十分わかっている。その上で語られる彼の言葉には、教育の「足元」を見つめ直す力があり、きっと「学ぶこと」の本質的な意味を問い直すヒントになるに違いない。

“パン屋のおやじ”をやっていても、やっぱり子どもと向き合うのが好き。子どもたちがほうっておけない! 教育現場を離れたからこそ、むしろ三吾は「等身大」で子どもたちと向き合えているのかもしれない。そのまなざしはふわふわの焼きたてパンのようにあったかい。ああこんな塾、近所にあったらいいのに!

文=荒井理恵

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