予想外の展開に驚愕! 現代ホラーとして蘇った『山月記』に背筋が凍る。小説クリエイター・けんごさん激賞の名作アンソロジー

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/7

名著奇変
名著奇変』(柊サナカ・奥野じゅん・相川英輔・明良悠生・大林利江子・山口優:著/飛鳥新社)

 これぞ温故知新。名作を改作した怪作。とびきり奇妙で、不気味で、ゾクゾクさせられるアンソロジーが誕生した。その名も『名著奇変』(柊サナカ・奥野じゅん・相川英輔・明良悠生・大林利江子・山口優:著/飛鳥新社)。誰もが知る日本文学の名作を若手の実力派作家が現代風にアレンジした短編集だ。モチーフとなったのは、国語の教科書にも出てくる名だたる名作6作。それらが本書では、なんとホラーミステリーとして生まれ変わっている。文豪ファンはもちろんのこと、普段活字に馴染みがない人にもオススメ。たった10分、スキマ時間に読むことができるし、どの作品も、今を生きる現代人に身近な舞台設定になっているから、あっという間に読めてしまうだろう。

 ページをめくれば、新進気鋭の作家たちの発想力にあっと驚かされる。ジョバンニと友人カンパネルラの不思議な旅を描いた宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、死者が乗車する列車にいつの間にか乗り込んでしまった男の恐怖の物語に。日本固有の美意識を説いた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、日本家屋で起こる怪異譚に。桜の怪しい美しさについて描かれた梶井基次郎の『櫻の樹の下には』は、中学校を舞台とした失踪事件が起こる青春ホラーに——というように、名作小説が意外な変貌を遂げているのだ。

 特に印象に残ったのは、中島敦の『山月記』をモチーフとした山口優の「山月奇譚」。この物語は、ネタが思いつかずにいたとある小説家の山口が、A出版社の新人編集者・袁田から奇妙な話を聞いたことに始まる。ある日、袁田氏が何気なくYouTubeをみてみると、新人トラミミVチューバー・RI☆CHOの初配信に出会した。その声が高校時代の同級生、泰賀李徴子の声にそっくりだと気づいた袁田は、つい「その声は、我が友、李徴子ではないか?」とコメントを書き込んでしまい……。まさか、詩人を目指していたプライドの高い男の物語『山月記』が「Vチューバー」という現代のトレンドとかけ合わせられるとは! 思いがけないコラボに最初は驚かされるし、原作ファンとしては、オマージュの数々につい笑わされてしまう。確かに、今を生きる若者にこそ、自尊心がテーマとなっている『山月記』のエッセンスには共感させられるかもしれない。そんなことを思いながら読み進めていると、予想外の展開が待ち受けていて、思わず背筋が凍る。主人公同様、ジワジワと追い詰められていくような焦燥を感じたのは、きっと私だけではないだろう。

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 本書の巻末では、TikTokやInstagramなどで活躍する、小説クリエイター・けんごさんが、これらの作品の解説を担当している。けんごさんは、元となった文学作品と読み比べることができるこの本を「二度楽しめる」と評し、「古典ともいえる作品を限りなく気軽に楽しめるようにしてくれている」と激賞している。

 けんごさんの言う通り、若い世代にとって、文豪たちの名著にいきなり手を出すのはハードルが高い。だが、この本を読めば、短編のモチーフとなった名作への興味がふつふつと湧いてくる。「元の作品はどんな内容なのだろう」と、気になって仕方がなくなり、いつの間にかこの本は、名著を気軽に楽しむ第一歩になっている。「普段、あまり本を読まない」というあなたも、まずはこの本で、現代に蘇った名著のDNAを味わってみては? その面白さに、気づけば、虜になってしまうこと請け合いだ。

文=アサトーミナミ

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