女子少年院で少女たちと向き合う「篤志面接委員」。未成年犯罪者の“更正”について考えさせる傑作ミステリー小説

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/22

この限りある世界で
この限りある世界で』(小林由香/双葉社)

 未成年による凶悪犯罪が起こってしまったとき、世間ではよく厳罰化の議論がまきおこる。現在の「少年法」では満14歳以上で罪を犯した場合は刑事責任が生じるが、それより下の年齢であれば刑事責任を問わず、児童福祉法が適用されて収容先も「少年院」となる。殺人など大人なら重い量刑が科せられる犯罪でも少年少女は処罰が考慮されるため、そこに違和感を唱える意見が一定数あるわけだ。とはいえなぜ少年少女が守られるかといえば、彼らの更生の可能性を「信じる」気持ちが根底にあるからだろう。罪にきちんと向き合い未来を切り開いてもらいたいと願うのだ。

『ジャッジメント』で鮮烈なデビューを果たした小林由香さんの新刊『この限りある世界で』(双葉社)の舞台は「女子少年院」だ。重大犯罪を犯してしまった少女と、その更生に真摯に向き合う「篤志面接委員」の切実な対話を通じて、人を信じることの大切さと難しさについて深く考えさせられるミステリーだ。「篤志面接委員」とは、法務省から委託されて全国の矯正施設(刑務所・少年院など)に収容されている受刑者や少年院在院者などに対し、面接や指導、教育を行って改善更生と社会復帰を手助けする民間ボランティアのこと。教員や弁護士、宗教家、心理カウンセラー、音楽などの技芸、珠算やOA機器などの実務の指導者などさまざまな人が携わっているという。

 ある日、15歳の少女が同級生に教室で刺殺された。加害者の少女・遠野美月は犯行の前日、ある新人文学賞の最終選考で落選した作品を投稿サイトにアップし、「最終選考で落選。哀しいので明日、人を殺します」とプロフィール欄に記載していた。途端にSNSは大きな騒ぎとなり、その新人文学賞を受賞した大学を出たばかりの青年・青村信吾への過度ないやがらせへと発展していく。心優しい青村はそのストレスに耐えきれず、新人賞を受賞して申し訳ないと書かれた遺書を残して自殺してしまった…。一方、犯行の動機を二転三転させた美月は、少年院で課された課題の作文にも取り組もうとせず、作文指導の腕をかわれた篤志面接委員の白石結実子が面接を担当することになる。初めて対面した美月は結実子に「本当の犯行動機を見つけてください」と告げるのだった。

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「子どもを更生させる」と口で言うのは簡単だが、それが容易でないのは想像に難くない。少女とはいえ美月は「殺人」という大罪を犯した人間(しかも動機も不確定)なら、対峙する結実子が潜在的な恐怖を感じるのも無理はないだろう。しかも美月の問いかけはまるで大人を試すようであり、結実子は足元がぐらつくような不安すら抱える。それでも彼女が真摯に美月に向き合い続けたのは「美月のことが知りたいから」であり、美月の本性を「信じる」心があったからこそ。その気持ちが嘘ではないと信じることができたとき、美月は次第に態度を変化させていくのだ。

 実はこの物語にはもう一人、若者の未来を強く信じる人物が登場する。作家の卵・青村を育てようとした編集者の小谷莉子だ。青村の自死によって重い十字架を背負ってしまった彼女は、意外な形で結実子とクロスすることに。単なるヒューマンドラマではないミステリーの醍醐味もあいまって、深く心に残る赦しと再生の物語だ。

文=荒井理恵

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