「別れるときにつらいから、仲良くなり過ぎない」相手と特別な友情を築く物語…かと思ったら。想像を絶する展開が待ち受ける青春劇

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/28

心臓の王国
心臓の王国』(竹宮ゆゆこ/PHP研究所)

「(すぐにいなくなるとわかっている相手とは)別れるときにつらいから、仲良くなり過ぎない方がいい」。そう告げた兄に、心臓に病を抱えた幼い妹は答える。「あー、そうか。だから、うーちゃんにはお友達ができないんだね」。竹宮ゆゆこ氏の小説『心臓の王国』(PHP研究所)で書かれたこのセリフに、胸を衝かれた。なんて、残酷なんだろう。だけど世の中にはきっと、そういう理不尽な諦めがちりばめられている。

 主人公の鬼島鋼太郎は17歳。青春まっさかりのはずなのに、放課後は毎日病院へ行き、妹・うーちゃんと遊ぶことを優先していて、その事情を誰にも内緒にしている。かわいそうな奴だと思われたくないから、本当の自分を必死で隠して、学校生活の平穏を守ることに尽力している。秘密を知っているのは、ガリ勉クソ女とあだ名されるクラスメートの千葉巴だけ。同じ病院に母親が長期入院している彼女もまた、誰にも同情なんてされたくない、助けてあげたいなんて思われたくないと、虚勢を張って生きていた。そんな2人の前に現れるのが、アストラル神威という奇妙な名前の、そして外見も言動も奇抜な少年である。

 留学生として鋼太郎のクラスにやってきた神威は、なぜか鋼太郎に執着し、「一緒にセイシュンしたい!」と騒ぎまわる。鋼太郎についてまわり、うーちゃんのことも巴の事情も知ってしまった彼は、こともあろうに「巴を幸せにしたい!」と彼女がいちばん激怒する形でプライバシーへの介入を試みるのだ。だが、クラスメート全員を巻き込んで織りなされる、巴の窮地脱出作戦によって、鋼太郎もこれまで味わったことのない青春の片鱗に触れることとなる。

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 冒頭に書いたセリフは、神威になつくうーちゃんに鋼太郎が釘を刺したもの。ほかならぬ鋼太郎自身が、いずれ失うことがわかっている特別な友達との交流を深め、刹那的ではあるものの何より大事な絆を手に入れていく。そんな物語が展開すると思っていたのだが……。神威がただ純粋で優しいわけではないということが、その秘められた過去とともに、想像を絶する形で露呈していくのである。

 困っている誰かのために手を差し伸べるのは、大事なことだ。けれど神威は、そのためなら自分が削られてもかまわない、と心の底から思っている。この世の中には、助けられるべき必要な人間と、助けることでしか人の役に立てない不要な人間がいるのだと。そんな主張は決して通してはならない。だけど実は、心のどこかで多くの人が感じていることではないだろうか。だから、誰かの役に立てないことや、困っている人のために行動するより自分の都合を優先してしまうことに、罪悪感を覚えてしまう。その罪悪感から逃れたくて、必死で、自分が今していることの意味を、自分の存在価値を、見出そうとあがいてしまう。

 だが本当は、役に立たなくたって、何の意味もなくたって、人は生きていていいし、愛されていいはずなのだ。神威と出会い、彼の負ってきた傷に触れて、鋼太郎はみずからが生きる理由も取り戻す。理不尽な出来事ばかりがふりかかるなかで、それでも大切な人と生きていきたいと、心の底から願うことができる。愛に満ち満ちた彼らの青春劇の行方を、どうか見届けてほしい。

文=立花もも

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