安倍晋三元首相の机の上に「遺品」のように置かれていた原稿。一度は刊行を見送られたインタビューの内容とは…?

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/6

安倍晋三回顧録
安倍晋三回顧録』(安倍晋三:著、橋本五郎:聞き手、尾山宏:聞き手・構成、北村滋:監修/中央公論新社)

 まもなく安倍晋三元首相がこの世を去ってから1年となる。憲政史上最長の7年8ヶ月もの長期にわたり、日本の舵取りを担ってきた安倍元首相。なぜそこまでの長期政権を維持することができたのか――その理由の一端を知ることができる『安倍晋三回顧録』(安倍晋三:著、橋本五郎:聞き手、尾山宏:聞き手・構成、北村滋:監修/中央公論新社)。2月の刊行以来大きな注目を集め、国会でも話題になった一冊だ。

 本書は2020年8月の退陣直後、同年10月から21年10月までの18回、1回あたり2時間の計36時間にわたって行われた安倍氏への直接インタビューをまとめたものだ。聞き手の橋本五郎氏と尾山宏氏は読売新聞の元政治部記者であり、首相在任期間中のさまざまな出来事について、記者らしい率直さで詳細な問いを立てていく。そのひとつひとつに答える安倍氏。安倍氏の言葉からは、国会中継やニュースだけではわからなかった「安倍晋三」という政治家の本音を知ることができる。

 第1章はコロナの蔓延、そして辞任に至った直近の2020年について、その後過去に戻り、第2章は2003~12年の第1次政権発足から再登板、第3章以降は第二次内閣の発足から1年ごとに振り返っていく。アベノミクス、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権行使容認、天皇退位…安倍政権はその長さだけでなく、実に多くの重要課題に向き合った特異な存在として知られる。そうした重要課題には国論を二分するようなものも多く、時にマスコミから「立憲主義を踏みにじる」との批判を浴びることもあった。そうしたシビアな現実の裏には一体何があったのか――元首相という「責任者本人」が語る舞台裏のリアルには、「こんなことが!?」とあらためて驚かされることも多い。

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 なお、聞き手は決して安倍氏が答えやすい問いだけを発するのではない。「モリカケ問題」「桜を見る会」「アベノマスク」「官僚の“忖度”」…多くの国民が疑問を持った問題にも触れ、安倍氏も正直に思いを語っている。またオバマ、トランプ、プーチン、習近平、メルケルら各国要人らとの秘話も紹介されており、安倍氏本人の魅力もさることながら、「長期政権」というものの国際的信用力の大きさも痛感させられる。

 欧米では大統領や首相などが辞任すると、時を経ずに回顧録が出版されるのが伝統となっているという。とはいえ日本ではなかなか実現しておらず、今回、これほどの短期間で本書が出版にこぎつけたのは、やはり安倍氏が「歴代最長の政権の長としての責任」を強く自覚していたからなのだろう。実は本書は22年1月にはほぼ完成、まもなく出版の運びとなっていたが、「あまりに機微に触れる」として一度は本人から「待った」がかかったという。その後の不幸な事件のあと、安倍氏の机の上に「遺品」のように置かれていた本書を見つけた昭恵夫人の快諾で出版に至ったとのことだ。

 安倍氏の功罪については、今もさまざまな意見が噴出している。回顧録というのはどうしても自己正当化がつきまとうものではあるが、こうして公にされて多くの人の目に触れることが「事実」の相対化にもつながっていくに違いない。少なくとも本書が「第一級の歴史資料」であるのは間違いないだろう。

文=荒井理恵

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