韓国では1週間でベストセラー。BTSの物語を拡張する『GRAPHIC LYRICS』シリーズの日本版が刊行

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公開日:2023/7/15

GRAPHIC LYRICS with BTS Special Package
『GRAPHIC LYRICS with BTS Special Package』(KADOKAWA)

 6月13日にデビュー10周年を迎えたBTSの、世界的なブレイクの起点となった「花様年華シリーズ」。その中から「A Supplementary Story : You Never Walk Alone」「Save Me」「House Of Cards」「RUN」「Buttefly」の5曲の歌詞を、洗練されたイラストレーションと組み合わせて絵本にした全5巻の『GRAPHIC LYRICS』シリーズが発売されたのは2020年。韓国の販売店である教保文庫では、発売1週間でベストセラーとなり話題を呼んだ。

 現在では入手困難となった同シリーズだが、2023年6月、ついに日本語版が刊行。本記事では全5巻の内容やギミック、グラフィックの魅力とともに、BTS楽曲における物語の拡張についても触れていきたい。

 まず、今回が日本語訳詞初公開となるVol.1「A Supplementary Story : You Never Walk Alone」のグラフィックを手がけた手掛けたク・ジャソンは、韓国のSNSで話題になった「狐の本」で有名。だが元々はビジュアルアーティストであり、「月刊ユン・ジョンシン」シリーズなどのアニメーションMVなども手掛けている。
「一緒なら笑える」をテーマにした『GRAPHIC LYRICS』シリーズでは、幼くして労働する少年や病室から出られない少年、裕福だが孤独な少年など、境遇の異なる7名の少年が似たような経験を共有し、心を共有していく。その物語の導入らしく、コマ割りで少年たちの境遇と7名が次第に集まっていく姿を、あたたかみのある絵柄でストーリー性豊かに描いている。

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 Vol.2「Save Me」は、内面に傷を負うふたりの少年に繰り返し訪れる悪夢と、それに打ち勝とうとする意志、そしてダンスを媒介としてお互いを癒す姿を描いている。
本の装丁にところどころトレーシングペーパーが使われているのも注目すべき点。ページを重ね合わせる事で躍動感を感じさせたり、同じページから異なるストーリーが浮かんでくる仕掛けになっている。
 この作品のグラフィックを担当しているイ・カンフンは、雑誌のイラストレーションなどではラディカルな作風が印象に残るが、今作ではわざと少し版をずらした、版画のようでどことなくノスタルジックな表現で切ない歌詞との調和を見せている。

 Vol.3「House Of Cards」は、愛らしさと怖さが共存しているような動物のキャラクターをはじめ、コントラストが強く情報量が多い作風が印象に残る。心の拠り所を持たない2人の少年の憂鬱な感情と歪んだ幻影、それでも希望に向かって手を差しのばす姿が表現されている。縦型の天綴じ製本で、上下にめくっていくウェブトゥーンのような構成になっているのも珍しく、特徴的だ。この製本により、不安定にそびえるカードで出来た城や、奈落に落ちていく心理をエモーショナルに演出している。
 この作品のグラフィックを担当しているイラストレーターのパク・ジョセフは、様々なパッケージデザインや表紙にたずさわり、自らもエッセイを出版している。また、今作「House Of Cards」の日本語訳詞も、今回が初公開となっている。

 Vol.4「RUN」は、日常を持て余すふたりの少年とそれぞれが抱く夢、また夢を分かち合える親友でもあるお互いについて語っていく。横スクロールゲームのように折り込みのページも交えながら、最初から最後までを横長の絵として繋ぐような構成。それが歌詞の通り、同じ場所を走り抜けていくような時の流れを巧みに表現している。
グラフィックはDJ Peggy Gouのジャケットイラストで有名なチェ・ジェウク。日常の風景を描きながらもどこか非現実的なファンタジーの入り混じる、クールなイメージがマッチしている。

 最終巻であるVol.5「Butterfly」では、ひとりの少年の視点から、親友たち全員が一緒にいる場面へと移り変わっていく。夢と現実、または過去と未来、その間にあるどこかを行き来する姿が描かれている。グラフィックを担当したイ・ギュテの作風でもある、柔らかで明るく輝くような、光に包まれたストーリーの表現が印象的だ。

 こちらもまた、特徴のある装丁。ページが上下に分かれたセパレート製本により、主人公の少年と他の少年たちの姿や、それぞれが存在する場面・時間軸などが無秩序に入り混じる様子が感じられる。まるで、それぞれがバラバラになったまま無限の時間を行き来する物語を表しているようだ。
 とうとう思いを定めたように少年がどこかに向かっていくラストシーンは、また新たな物語の始まりを予感させている。

 この5つのストーリーは、曲としては別々に存在しながらもお互いに繋がりが存在する。ベースにあるのは、過去に彼らのいくつかのMVやショートフィルムの中で表現されてきた世界線の物語だ。
 この物語は音楽作品の他にも、アルバム「LOVE YOURSELF」シリーズに冊子で封入されていたストーリーと、描かれていない部分を含めてまとめた小説『花様年華 THE NOTES 1』や、ウェブトゥーンとして連載されていた「花様年華 Pt.0 」など、様々な媒体で展開されている。

「物語」とは言っても固定の具体的なストーリーがあるわけではない。7人の登場人物と「様々な境遇で育った少年たちが出会い、同じ目標に向かっていく」という前提があり、そこから派生した断片的なエピソードが、微妙に異なる流れでマルチメディア的に展開していくものだ。このように楽曲から派生する一つの物語を多彩に広げていくことは、KPOPの世界でもまだ珍しいと言えるだろう。

 今回の「GRAPHIC LYRICS」シリーズは多様なイラストレーターの参加により、既存のファン以外の界隈にも間口が広がっている。これは現在のBTSの表現の根幹でもある、ストーリー性を持つ1つの世界を拡張するという、BigHitが試み続けている手法の延長上にあるものだろう。

 今回初めて公開となる「A Supplementary Story : You Never Walk Alone」「House Of Cards」の日本語詞は、歌詞をそのまま訳したものというより、歌詞の内容をあえて部分的に入れ替えて音を合わせているような印象を受ける。つまり、そのままメロディに乗せて歌うことができそうな「楽曲の実際の日本語バージョン」のような訳になっているのも注目ポイントだ。
 韓国語詞のオリジナル楽曲を聴きながら、日本語詞をなぞって歌詞を読んでみると、歌詞がより、体感として味わえるかもしれない。

 もともと日本と韓国では出版物の製本や、本文に使用される紙が異なる。だが今回の日本語版では韓国の原書に極めて近い紙や、同じ特殊加工の技法を使うなど、オリジナル版を忠実に再現している。マットなカバーに施された箔押しや、カバー裏のデザイン、カバー下のニス加工など、原書の細かいこだわりの再現ポイントにも要注目だろう。

 BTSがパフォーマンスしてきたコンセプトの中でも、特にフィクションとノンフィクションの境目をあえて曖昧にし、グループそのものが持つストーリー性とフィクションの融合物として、何度も再構成され大切に語られてきた「花様年華シリーズ」。
 今回の「GRAPHIC LYRICS」シリーズはその一端として楽しむこともできるが、それぞれの物語を独立して楽しむことも出来るだろう。そして、特別にファンではなくても、韓国のアートなどグラフィック・イラストレーションが気になる人や、凝った装丁など「モノ」としての本が好きな人も存分に楽しめる、クオリティの高い作りになっている。この中のいずれかが少しでも気になる人は、一度手に取ってみてはいかがだろうか。

文=K-POPライター DJ泡沫

『GRAPHIC LYRICS with BTS Special Package』
GRAPHIC Koo Jaseon, Lee Kanghun, Park Joseph, Choi Jee-ook, Lee Kyutae
LYRICS Pdogg, “hitman”bang, RM, SUGA, j-hope, Supreme Boi, Ray Michael Djan Jr, Ashton Foster, Samantha Harper, Slow Rabbit, Brother Su, V, Jung Kook