月面で発見された5万年前に死んだ人間の遺体の謎。驚異の104回重版の、ページをめくる手が止まらないSF小説

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/21

星を継ぐもの(創元SF文庫)
星を継ぐもの(創元SF文庫)』(池央耿・訳/東京創元社)

 ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの(創元SF文庫)』(池央耿・訳/東京創元社)は、1980年に邦訳されてから現在まで版を重ね、昨年には104刷(!)という超ロングセラーのSF小説である。

 はっきり断言したいのは、面白い小説を探しているのなら迷わず本書をオススメしたいということだ。どんな小説なのか知らない人は、まずは以下の本書のあらすじを読んでみてほしい。

“月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。生物学的には現代人とほとんど同じにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ”

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「月面で発見された宇宙服を着た人間は、5万年も前に死んでいた」という、たった一行にまとめても好奇心の炎を燃え上がらせるのに十分なつかみである。筆者も初めて本書と出会ったきっかけは、このあらすじを読んでしまったがためであり、謎の正体を知りたくてたまらなくて読み始めたのである。

 普段のレビュー記事では使いたくない、ありきたりとされる言葉があるが、『星を継ぐもの』のためにある言葉であると思えるので、あえてここで使おう。

『星を継ぐもの』はページをめくる手が止まらない一冊だ。

 実際に初めて読み始めたときに、次のページが気になってあっという間に読み終えてしまったのである。まさにページをめくる手が止まらなかった。

 本書は、チャーリーと名付けられた月面で発見された5万年以上前の人物の謎を中心に、物理学者であるヴィクター・ハント博士と科学者たちによる調査と仮説、検証によって物語が進む。というかそれしかない。派手なアクションや、驚くべき光景の描写などはまったくないのである。しかしその謎のベールを一枚一枚剥いでいく(これもありきたりな言葉であるが)ような議論の応酬と新たな発見によって、さらに次なる謎が現れ、ついにはあらすじでの“月で死んでいた5万年前の人物”以上の大きな謎が眼前に現れるのである。

『星を継ぐもの』が上梓された1977年は、米ソふたつの超大国が対立していた冷戦のなかでもデタントと呼ばれる緊張緩和の時代であった。また科学には夢と希望という言葉が装飾されていた時代でもあった。そんな時代背景を持つ本書は、宇宙への進出など科学をもとにした希望に満ちた世界観と同時に、現実の我々人類が鏡で自分の姿を顧みるような仕掛けが施され、現実問題への批評性も含まれているのも特徴である。

 SF小説のオールタイム・ベストに挙げる読者も多い本書は、物語の行く末への興味を持続させ、小説を“読む”楽しみを体験できる。その楽しみとは、誰もが持っている好奇心の源である「驚き」である。この驚きを感じることを「センス・オブ・ワンダー」と呼び、本書にはこのセンス・オブ・ワンダーで満たされているのだ。

 本作は〈ガニメアンシリーズ〉呼ばれ、続く第2作『ガニメデの優しい巨人』、第3作『巨人たちの星』(9月刊行)、第4作『内なる宇宙』(10月刊行)もそれぞれ新版として発売となっている。そしてこの冬には未邦訳であったシリーズ最終作『ミネルヴァ計画(仮題)』(原題『Mission to Minerva』)がついに発売される。

 興味を持たれた方はぜひ手にとって1ページだけでも読んでほしい。必ずページをめくる手が止まらなくなるはずだから。

文=すずきたけし

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