北川景子、吉岡里帆、竹内涼真、他でドラマ化の湊かなえ作品『落日』。女子高生の妹を刺殺し、放火で両親を殺した一家殺人事件の謎とは?

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/6

落日
落日』(湊かなえ/角川春樹事務所)

「令和最高の衝撃、感動作」として話題を呼んだ湊かなえのミステリー『落日』がWOWOWで連続ドラマ化される。「裁判」と「映画」という2つのワードから湊かなえが着想したこの物語は、一体どのように映像化されるのだろう。北川景子、吉岡里帆、竹内涼真——豪華な俳優陣がどんな演技をみせてくれるのか、9月の放送開始を前に、今、大きな注目を集めている。

 そんなドラマの放送に合わせて、原作小説『落日』(湊かなえ/角川春樹事務所)を是非とも読んでみてほしい。この作品は、2019年、湊かなえが作家生活10周年の節目に書き下ろした物語。湊かなえの新境地ともいえる傑作なのだ。

 物語はふたりの女性、映画監督と脚本家の姿を軸に描き出される。大物脚本家のもとで長年下積みを続けている新人脚本家・甲斐真尋は、ある時、デビュー作が国際的に評価された新進気鋭の映画監督・長谷部香から、新作の相談を受けた。香が映画化したいというのは、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめたという一家殺害事件。そして、その事件が起きた小さな町、笹塚町は真尋の生まれ故郷でもあった。15年も前に起きた、すでに判決が確定している事件を、どうして香は撮りたいのだろうか。香と真尋は、ともに事件について調べを進めていく。

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 香と真尋は、世間の評価は違えど、ともに駆け出しの身だ。だが、どういうわけかふたりは噛み合わない。それは、彼女たちの創作の原点がまったく異なるためだろう。香は「知りたい」という欲求を原点とし、真実を知るために映画を作っている。一方で、真尋が描きたいのは「見たい」世界。受け入れ難い現実から逃れるために脚本を書いているのだ。どうしてこんな違いが生まれたのか。それには彼女たちの過去に原因があった。15年前の事件を追ううちに、ふたりはそれぞれ、自身の過去とも向き合うことになり……。まさか15年前の事件と、香と真尋がこう繋がっていたとは。描きこまれた人間模様と張り巡らされた伏線、その回収は圧巻だ。

 湊かなえといえば、後味の悪い、だが、どうにもクセになるミステリーを生み出す「イヤミスの女王」として名高い。しかし、本作も、読後感最悪の「イヤミス」なのかといえば、決してそうではない。確かに、香と真尋が事件の真相を追い求める過程は、読んでいて胸が苦しい。事件の裏には、悪意の塊としか言いようのない非道な人間の存在があるし、そんな人物に人生を狂わされた人々の姿があまりにも悲しい。登場人物たちが見た絶望の深淵。私たちもそれを垣間見て、思わず嘆息させられる。人間というものの心の闇を抉り出すような心理描写は、湊かなえ作品ならではだ。だが、クライマックスにかけては、大きな希望が見えてくる。何かが終わることで、新しい何かが始まる。2人の女性たちが辛い過去を乗り越えた先で目にした景色に、思わず息を呑むだろう。

 過去と向き合うこと、自分自身の心の傷と向き合うことはどれほど恐ろしいことだろうか。だが、それでも彼女たちは15年前の事件の真相を追いながら、自分の過去を見つめ続ける。どんなに痛みを伴おうとも、じっくりと向き合い続けることで初めて分かることがある。彼女たちは一体どんな真実にたどり着くのだろうか。是非ともあなたも、ドラマ版とあわせて、小説でも、この、深く傷ついた者たちのあがきと再生の物語に触れてほしい。そして、それぞれの救いを見つけ、前に進んでいく女性たちの姿に、きっと心揺さぶられることだろう。

文=アサトーミナミ

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