常軌を逸した思考回路に戦慄! 「ぴったりくる隙間」を求め女性が辿り着いたのは? 押し入れの隙間、冷蔵庫… 『爆弾』『スワン』呉勝浩氏が放つ超弩級のミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/30

素敵な圧迫
素敵な圧迫』(呉勝浩/KADOKAWA)

 渇望の果て、ようやく欲するものに出会えたら、もう身の破滅など気にしていられない。ドボドボととめどなく溢れ出る欲望を、どうしたら制御できるだろうか。まっとうな道などいくら外れても構わない。そんなギラつきが、人間にとんでもない事件を巻き起こさせるのだろう。

 天秤の片方に、人生の破滅がのっている——帯に書かれたそんな一文が人目を引く本が『素敵な圧迫』(呉勝浩/KADOKAWA)。『爆弾』『スワン』で知られる気鋭・呉勝浩氏が放つ超弩級のミステリー短編集だ。呉勝浩氏の描くミステリーは、人間の本性を引きずり出すかのような描写力と衝撃の展開が魅力的だが、それは短編でも顕在。ページをめくれば、人間という生き物の深奥を覗き込んだような気分にさせられる。

 どういう時に人間の本性が現れるか。それは、身に危険が迫った時ではないだろうか。この短編集に登場する人々は、誰もが「破滅」のすぐそばにいる。たとえば、表題作「素敵な圧迫」に登場するのは、「ぴったりくる隙間」を求める広美という女性だ。あなたは、小さい頃、押し入れの隙間に体を滑り込ませたことはないだろうか。もし、経験があるならば、自分がパズルにでもなったような、ピタリと身体のハマる感覚を味わったことがあるだろう。身が溶けるような快感。抱擁に似た、素敵な圧迫。彼女はそれを常に求めてきた。小学生の時は押し入れ。一人暮らしを始めてからは、コンセントを抜いた冷蔵庫。大学ではとっかえひっかえ試した無数の男たち。そして、27歳の時、ついに職場でひとりの男に出会ってしまった。「あの男に抱きしめられたなら、どんなに気持ちいいだろう」。広美の思いはぶくぶく膨らんでいき、ついにはその男の人生を蝕んでいき……。

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 ちょっとした「隙間」に心地よさを覚える気持ちも、「この人」と思える人に執着する気持ちも、分からなくもない。だが、それも度が超えると大問題だ。常軌を逸した思考回路に思わずクラクラ。だけれども、その浮遊感、ときにヒヤリとさせられる感覚がどうにもクセになる。そうして、気づけば、広美の運命から目が離せなくなってしまう。

 そう。広美だけではない。この短編集の登場人物の思考回路は全く読めない。「どうしてそんな発想に!?」と驚かされっぱなしなのだ。特に、印象に残ったのが、「論リー・チャップリン」。この物語は、シングルファザーの勝が、中学生の一人息子に「金をよこせ」と凄まれることから始まる。「とりあえず十万」と言い始める息子に勝は当然「そんな大金、理由もなくあげられるわけないだろ」と言い返すが、息子は「じゃあ強盗する」「息子が犯罪者になったら困るだろ?」と言ってのける。実の子がこんな減らず口を叩いてきたら、親としてはどうしていいのやら……。子どもがいる身としては身につまされる事件なのだが、困り果てる父親の姿は何とも情けなく、そして、おかしい。あらゆる人に相談しては頭を悩ますその姿に噴き出さずにはいられない。そもそも、どうしてこの息子はそんなに大金を欲しがるのか。その裏にあったのはあまりにも意外な理由だった。

 一体、この短編集は私たちをどこに連れていくのか。吸い込まれるような没入感の中、読み進めていけば、物語は予想外の方向へと不時着する。翻弄されるとは、なんという快感なのだろう。私たちの想像の壁が次々と打ち破られていくことほど幸せなことはない。短編でも、呉勝浩氏のミステリーはこの上なく面白い。この短編集で、その筆力に是非とも圧倒させられてほしい。

文=アサトーミナミ

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