Twitterのアイコンの鳥はたった15ドルだった。世界に浸透しているアイコンの歴史とデザインの変遷を見れば社会が見えてくる

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更新日:2023/10/4

世界を変えた100のシンボル(下)
世界を変えた100のシンボル(下)』(コリン・ソルター:著、甲斐理恵子:訳/原書房)

 水色の背景に白い小鳥が今、世界から少しずつ姿を消し去ろうとしている。同時に、人々の頭の中からも薄れていってしまうのだろう。Twitterが、Xに変更になったことは記憶に新しい。シンボリックだったそのアイコンと、目によく馴染んでいた水色が、今では黒い背景に、白い縁取りの「X」がどしっと構えている。

 おそらく数年後には、小鳥のロゴについて、「鳥の口は右・左どちらだったか?」「羽根は何本だったか?」と聞かれて、正確に答えられる人は少なくなってしまっているだろう。

 アイコンのイメージは強烈だ。人々の意識にするっと入り込み、無意識から支配してしまう。しかし、その分、忘れるのも一瞬だ。抽象的なイメージでしかないからだ。

 しかし、水色と白の小鳥マークが消えていこうとしている今だからこそ、『世界を変えた100のシンボル(下)』(コリン・ソルター:著、甲斐理恵子:訳/原書房)を読んで、人々の脳内にするっと入り込んで支配している世界の様々なアイコンについて学ぶのには、ちょうど良いタイミングなのではないか。
※『世界を変えた100のシンボル(上)』も合わせて是非!

 本書に出てくる企業や看板など、様々なアイコンについて紹介していこう。

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60年間批判され続けてきた、危険すぎる「あの場所」を示すアイコン

●67 放射能

世界を変えた100のシンボル(下)

世界を変えた100のシンボル(下)

 三つ葉模様の放射能警告のアイコンは、多くの人が認識しているアイコンのひとつだと思う。これを見ると、防護服に身を包んだ人間が慎重に何か作業をしているようなイメージをふと無意識に考えてしまう。ただし、それは放射能の危険を知っている大人だからわかることで、子どもがこれを見て「黄色いプロペラの羽根」や「扇風機」に見えても仕方がない。

 このシンボルには、直感的に「危険」だと思わせる要素に欠けている。もっと言うと、デザイン当時は黄色ではなく、薄い青灰色の地に深紅色のマークだったそうだ。この色が使われた理由は、高価で他の看板に使われないため目立つ、という相対的な理由だったらしい。しかし、当然他の看板にはない色だからといって「危険」を示すことにならず、さらに青色は「日光で色褪せてしまう色」で、放射能の危険を示す看板には向いていなかった。

 そういった批判があった中、2007年にようやく、新たなマークが発案された。シンプルで美しい、とは言い難いが、一目で危険性がわかるものとなっている。しかし、このデザインはあまり世間に浸透しているとは言えないかもしれない。

●73 世界自然保護基金のパンダ

世界を変えた100のシンボル(下)

 野生生物の生息環境保護を目的に、1961年に設立された世界自然保護基金(WWF)のマークは、上野動物園で双子の赤ちゃんが2021年に生まれたことで知られる「パンダ」だ。この組織は、自然保護の資金集めを目的に、できるだけ多くの人が認知しやすいシンボルを決める必要があった。

世界を変えた100のシンボル(下)

 初代のアイコンと現代のアイコンとの違いを見ると、アイコンに対する現代人の認識がわかりやすく出ていて面白い。輪郭の省略、爪や毛並み感の簡略化、目の光の有無など、できるだけシンプルになっている様子がわかる。これは、認識しやすく記憶に残りやすいだけでなく、グレードの低い印刷機でも再現可能というメリットもあるのだとか。

世界一有名な齧られたリンゴのマークと、「ラリー」と名づけられた空飛ぶ鳥のマーク

●85 アップル

世界を変えた100のシンボル(下)

 1976年にスティーヴ・ジョブズと、スティーヴ・ウォズニアックがAppleを設立した。洗練されたスタイリッシュなデザインに魅了され、高額にもかかわらずiPhoneやMacbookなどを買いたいと思う人は多い。

 この誰もが知るリンゴマークについて、スティーヴ・ジョブズは次のような条件を出してデザインさせたそうだ。

“シンプルで現代的で一目瞭然であること。”

“かわいらしくするな”

 さらに、Appleという文字がなくてもサクランボではないと一目でわかるように「一口かじった跡」を追加するように依頼したのだとか。このジョブズの指示を見るだけでも、彼のデザインに対する先見の明がわかるだろう。40年間、本質的にはほとんど変わっていないこのアイコンが、現在にまでこれだけ浸透しているのには、畏敬の念さえ覚えてしまう。

●98 ツイッター

世界を変えた100のシンボル(下)

 そもそもX(旧Twitter)は、オデオというポッドキャスト企業のブレインストーミング中に発案され、部門同士の質問に素早く答えてもらうための方法として社内テストされたのが始まりとのこと。

 アイコンの鳥の原型は、イギリス人デザイナーのサイモン・オクスリーの鳥のイラスト集にあるデザインを、画像素材企業から15ドルで購入したことが発端。その後、購入した鳥のイラストをさらに簡略化して、かつての軽やかな翼をもつ鳥の姿になったのだ。ちなみにこの鳥の名前は「ラリー」と呼ばれている。今回、X(旧Twitter)になることによって、ラリーも引退、アイコンとなっていた鳥の看板も本社から撤去されてしまったが、たった15ドルで買い取られたと知れば、ちょっと見方も変わるかもしれない。

 本書には、紹介したアイコン以外にも「五輪マーク」「洗濯表示」「バイオハザード」「ロンドンの地下鉄」など、視覚的にも見ていて面白いものが多く掲載されている。また歴史や変遷などを知ると、社会が何を求めているか、情報量が多すぎる現代でより人々に認知されやすいデザインが何なのか見えてくるだろう。

文=奥井雄義

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