恋愛リアリティーショーの撮影現場で起こる密室殺人。華やかな舞台裏のおぞましい真実を描くミステリー小説『好きです、死んでください』

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/29

好きです、死んでください
好きです、死んでください』(中村あき/双葉社)

 愛情と憎悪。これらは、一見すると相反する感情のように思える。だが、実は表裏一体のものだ。愛情が裏返った時、驚くべき深さの憎悪が生まれる。“無関心”とは別ものの感情。制御不能なそれが暴走すると、人は容易く人を傷つけてしまう。

 中村あき氏によるミステリー小説『好きです、死んでください』(双葉社)のタイトルを目にした時、はじめは前述したような“愛憎がひっくり返る”ストーリーを想像した。だが、実際はそう単純な話ではなかった。恋愛リアリティーショー『クローズド・カップル』の撮影現場を舞台に繰り広げられる物語は、序盤こそゆるやかに進んでいくものの、ある一点を超えた途端、転がり落ちるように加速していく。

 南の孤島に建つコテージで共同生活を営む男女6人の「筋書きのない恋愛模様」を配信する番組『クローズド・カップル』。出演者は、俳優、作家、グラビアアイドルなど、それぞれ異なる肩書きと個性を持つ。スタッフ、出演者共に本物の無人島で撮影に挑む現場は、まさに「クローズド」な空間だ。

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 本書は、二人の人物の視点が交互に入れ替わりながら進んでいく。一人は、『クローズド・カップル』の出演者で作家の小口栞。もう一人は、「三年✕組」の高校生・坂東未来。この二人の世界線は、まったく違うところにある。だが、二人には不思議と似通ったところがあった。その共通点が、のちの物語の鍵を握る。

 栞は、高校在学中に作家デビューを果たしたものの、出版した本の売上は芳しくなかった。そんな彼に、突如『クローズド・カップル』への出演依頼が舞い込む。「作家自身によるセルフプロデュースの必要性」を説かれた彼は、流されるまま番組に出演することを決めた。しかしながら、俳優やモデルなどメディア慣れしている出演者の中において、栞はどうしても浮いて見えた。もともと恋愛に疎く、自己主張の強い性格でもない。だが、戸惑う栞に積極的に接してくる人物が一人だけいた。キャスト陣で一番人気の俳優・松浦花火である。

 花火は容姿端麗な上、自分の魅せ方をよくわかっていた。そのため、SNS上でも彼女に関する感想は好意的なものが多かった。一方、栞に対しては心無いコメントが多く、彼はエゴサーチをするたびに心を抉られる日々を過ごしていた。

“〈生理的にああいうのムリ〉”
“〈つーか、あいつシンプルにぶさいくじゃね?〉”

 書き込む側は、本人の目にこれらが届くことなど想像すらしていないのだろう。もしくは、「これくらいで傷つくわけがない」と軽く考えているのだろう。だが、SNS上の誹謗中傷は、時に恐ろしい毒牙となり得る。

“そこにあふれるのは、根拠のない中傷と、容赦のない罵詈雑言。
悪意が無限に増殖していく様を見せつけられているようだった。”

 人が人を傷つけた際、事件として扱われるのは、往々にして「命が奪われた時」だけだ。「誹謗中傷」だけでは、「いじめ」だけでは、「被害に遭った」だけでは、世間はそれらを大事にはしない。他殺にしろ、自殺にしろ、人命が奪われてはじめて騒ぎ出す。奪われた側は忘れない。奪った側は、忘れる。だから、繰り返す。

 栞は幸い、それらのコメントを受けて精神を病むことはなかった。正確にいえば、もっと大きな渦に巻き込まれ、そちらに思考を全振りするよりほかなかったのである。

『クローズド・カップル』のキャッチコピーは、「孤島で起こる、恋愛と✕✕」。✕✕に何が当てはまるのか、出演者は誰も知らされていなかった。そして、とある事件が起こる。出演者の一人が、密室で殺害されたのだ。栞は事件の謎を解明すべく協力者と共に奮闘するも、二転三転する状況に翻弄され、なかなか真相にたどり着けない。そしてやがて、第二の事件が起きる。

 本書で起きる事件の裏側には、犯人の動機以外にもさまざまな伏線が張られている。それらは悲しいほど現実と地続きで、読みながら多くの顔と名前が脳裏を去来した。

“私が必死に働きかけたところで、彼らはまた同じことを繰り返す。”

 本書に登場する、ある被害者の言葉だ。想起すると痛みが走る事柄ほど、人は都合よく忘れていく。だから、物語があるのだと思う。忘れないために、繰り返さぬために。本書が静かに訴えかけるメッセージを、掬い取るのか、目をそらすのか。私はせめて、前者でありたいと思う。

文=碧月はる

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