凶悪犯罪者を一旦無罪にして、自らの手で処刑する弁護士。そんな彼に憧れる新人弁護士がもっと謎過ぎるので考察してみた

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更新日:2023/11/22

私刑執行人
私刑執行人』(草下シンヤ:原作、内田康平:漫画/秋田書店)

 中学生の頃、ある弁護士が活躍するドラマを見ていて「将来弁護士目指そうかな」と言って、父親に「犯罪者を守る仕事なんかするな」と言われたことがある。それ以来、幼かった僕の弁護士に対する思いは「犯罪者を守る人」だった。もちろんそれはとても一面的な見方だ。冤罪から人を救い出す点や、民事訴訟など刑法ではなく民法を扱うこともあるからだ。

 弁護士になりたいと思う人の一般的な理由には、どんなものがあるだろうか。

 令和元年度に法務省が行った調査によると、弁護士の志望理由の1位は「法律に興味があり、法律に関する専門的知識を使った仕事をしたいと思ったから」が65.7%、2位は「社会的弱者や困った人を助けるなど、人に役立つ仕事をしたいと思ったから」で、42.0%の学生が志望理由として挙げている。(複数回答あり)
※参照:https://www.moj.go.jp/content/001332230.pdf

 そう考えると『私刑執行人』(草下シンヤ:原作、内田康平:漫画/秋田書店)の主人公・霧島弁護士が弁護士になろうと思った理由は、異色だ。彼は「無罪仕事人」という愛称で呼ばれるように、「法律に関する専門的知識」を駆使し、第一審で無期懲役の有罪判決となった男をその後担当し、控訴審で逆転無罪を勝ち取るなど、その実力を見せつけている。

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残虐極まりない監禁殺人事件の被告人を「無罪」にする弁護士の真の目的が恐ろしすぎる

 霧島弁護士が無罪を勝ち取った男は、残虐極まりない監禁殺人事件の被告人なのだが、霧島弁護士が彼を無罪にした理由は、冒頭で挙げた弁護士の志望理由の2位の「社会的弱者や困った人を助けるなど、人に役立つ仕事をしたいと思ったから」とは、ほど遠い理由だった。

 原作を担当している草下シンヤ氏が『半グレ』(講談社)という闇社会の実情を描き出した小説で話題になったことから分かるように、本書も、清々しく誰もが褒め称えるようなクリーンで優秀な弁護士物語ではない。霧島弁護士の真の目的はひとつ。

「遺族からの依頼を受けて私刑で裁く」というものだ。なぜ無罪にするのか、それは、無期懲役が確定したら死刑にできないから、それに尽きるのだ。第1話で若い女性を監禁し、弄び切り刻んだ男は、霧島弁護士の私刑により、腹を空かせた複数匹のネズミによって、同様の責め苦を味わい、グロテスクに絶命している。

残虐な犯罪者を私刑執行する霧島弁護士よりも、一見爽やかな新人弁護士に興味が湧く理由

 霧島弁護士は、無期懲役になって生きながらえる犯罪者に対して遺族の強い思いを尊重して私刑を与えることに、とても純粋だ。彼がその思いに純粋であることは、遺族からの依頼がない時点では、明らかに凶悪犯罪者であると分かる人間の弁護を引き受けなかったこと、小さい子どものおつかい番組を観て感動して涙を流していることなどから窺い知れる。

 確かに主人公の霧島弁護士に注目してしまいがちだが、サブキャラクターの新人弁護士・益田航太にこそ注目してもらいたい。

 まず霧島弁護士事務所に入った真の動機が謎なのだ。面接の場面が描かれており、彼は「昔から霧島先生の仕事を拝見していて、尊敬できる先生のもとで働きたいと思ったから」というように答えている。これが少し引っ掛かるのだ。確かに、無罪を勝ち取る弁護士としての実力は凄まじいものがあるのだが、世間的に見れば、凶悪犯罪者を無罪にしている社会的にマイナスな男として目に映っているはずなのに、どうして霧島弁護士に憧れるのだろうか?

 考えられる可能性は3点だ。1点目は、霧島弁護士が裏で遺族の依頼を受けて「私刑執行」をしていると気づいているという説。その描写はないが、もしそうだとしたら頷ける。

 2点目は、どんな凶悪犯罪者も依頼があればたちどころに無罪にしてしまう霧島弁護士の腕を利用しようと画策している説だ。

 3点目は本当にただ純粋に無罪を勝ち取る姿が格好よく見えて憧れている、という純粋無垢説だ。

 新人弁護士の益田航太は、拓真という弟らしき写真に合掌していたり、お爺ちゃんと2人で同居していて、何か調べものをしていると「何調べてる?」と少し詮索するような感じがお爺ちゃんにあったり、そのお爺ちゃんが「世界の保護犬」という本を読んでいる描写があったり……と、細かい違和感がある。主人公の霧島弁護士だけではなく、この新人弁護士も細かく観察したほうが、面白い謎が潜んでいそうだ。彼が、数々の凶悪犯罪者を無罪にしてきた霧島弁護士の事務所に入った、本当の理由は何なのか。いや、もっと言うと弁護士になった本当の理由は何なのか……細かなヒントから探ってみると、法務省のアンケートの選択肢には出てこないような理由が潜んでいるかもしれない。

文=奥井雄義

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