大人って何? いじめられた過去とはどう向き合えばいいの? 過去に苦しめられる人々を救う青春群像劇

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/13

葬式同窓会
葬式同窓会』(乾ルカ/中央公論新社)

 心の奥底に澱のように沈む、いじめられた日々の記憶。それに苦しめられ続けている人は決して少なくないだろう。どんなに時間が経っても、決して忘れられるはずがない。たとえ、いじめた側が「色々あったかもしれないけど、今となってはいい思い出だよね」なんて能天気な言葉で、それを片付けようとしても。

 いじめ、差別、迫害——途方もない孤独と絶望を感じさせられるその記憶とどう向き合い、どうやって今を生きていくかについて考えさせられるのが、乾ルカさんの最新作『葬式同窓会』(乾ルカ/中央公論新社)だ。雪下まゆさんによる装画も人目を引く。かつて高校生だったものたちを縛る苦い過去についてありありと描き出されている本作は、過去を乗り越えるにはどうしたらいいのか、誰もが一度は自分に問いかけた思いを描く、青春群像劇だ。

 北海道立白麗高校3年6組の元生徒たちは、クラス担任だった水野先生の葬儀をキッカケに7年ぶりに再会することになった。母校で司書教諭をする優菜は、かつて自分をいじめた華と顔を合わせなければならないことに気の重さを感じていたが、華は全くそんなことは気にしていないらしい。彼女は大学時代にとある小説賞の候補作に選ばれ、もうすぐ作家デビュー間近なのだと、周囲に吹聴していた。まるで同窓会のように高校時代の思い出話に花を咲かせていたかつての同級生たちは、ふと、かつて水野が起こした事件を思い出す。水野は、クラスメイトの船守に対して、体罰としかいえない授業を行い、それによって彼は不登校になってしまったのだ。華はどうして水野があの日に豹変したのかを気にし始め、それを小説の題材にしようとするのだが……。

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 この物語を読めば読むほど、華という人間に憤りを感じるのは私だけではないだろう。彼女は常に周りを見下しているし、自己顕示欲の塊。本当に自分勝手なのだ。華はかつて自分が優菜をいじめたことなんて、取るに足らないことだと思っているらしい。優菜はそんな彼女の態度に虚しさを覚える。優菜は今もなお、仲間はずれにされた日々のことを忘れられないでいるのに、なんて割に合わないのだろう。いじめられた側のやるせなさをヒシヒシと感じ、それに共感せずにはいられない。

 さらに、華は、優菜だけではなく、他の人に対しても無神経だ。水野の体罰を小説の題材にすべく、父親を亡くしたばかりの水野の娘にまで取材を行うのには、流石に呆れさせられる。恥ずかしげもなく「作家の本能」がそうさせるのだと言い切り、その成果を同級生たちに自慢げに知らせるのも痛々しい。そして、優菜や他の同級生たちが感じるように私たちも疑問に感じずにはいられない。「気になるのは水野だけなのか」「いじめられた側――水野の事件でいえば、船守のことはどうでもいいのか」と。

 いじめられた側は、泣き寝入りするしかないのだろうか。物分かりよく、過去のことは水に流して、「あんな時もあったね」と笑うのが大人の振る舞いなのだろうか。いや、そんなはずはない。この本は教えてくれる。暗い過去とどう向き合えば良いのかを、本当に大人になるとはどういうことなのかを。重たいテーマを扱いながらも、読後感は爽やか。ようやく前を向いて歩き出した優菜たちの姿は、私たちの道しるべとなる。読めば、きっとあなたも悩み続けてきたことの答えが見つかる。新しく、自分の人生を生き直す方法が見いだせる、救いのような1冊だ。

文=アサトーミナミ

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