名優・松田優作主演『陽炎座』の原作小説。近代日本の怪奇文学の先駆け・泉鏡花が描く不穏な亡霊の怪奇

文芸・カルチャー

更新日:2023/12/12

陽炎座
陽炎座』(泉鏡花/ゴマブックス)

 110年前、1913年に書かれた本をじっくり読むということは、現代社会ではなかなか機会がないかもしれません。しかし、簡単にアクセスできる環境が整っているのもまた現代社会です。

 本記事でご紹介する『陽炎座』(泉鏡花/ゴマブックス)は、93歳まで生きて2017年に亡くなった鈴木清順監督と松田優作がコラボレーションした、同名の映画の原作です。著者の泉鏡花(1873-1939)は近代日本の怪奇文学の先駆け的存在です。

 鈴木清順監督の生誕100年を記念して、「浪漫三部作」として名高い三作『ツィゴイネルワイゼン』『夢二』そして『陽炎座』が4Kデジタル修復されて「SEIJUN RETURNS in 4K」として特集上映が11月11日から全国で順次展開されます。原作を手にするにはもってこいのタイミングではないでしょうか。

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 では『陽炎座』のあらすじをご紹介しましょう。舞台設定は昭和元年(1926年)、若い劇作家の松崎(映画では松田優作が演じている)は品子という美女と出会う。その後三度、偶然に品子に会う。パトロンの玉脇に品子とのことを打ち明けた松崎は、品子と一夜を共にした部屋が、玉脇の邸宅の一室と同じであると気付く。そして、玉脇の前妻・お稲が亡霊のように松崎の前に現れる…

 本書の基軸になっている「怪奇」というのは、ホラーゲームでびっくりしてコントローラーを放ってしまうように、読んでいる最中に本を投げ出してしまうようなものではありません。風が急に強く吹いて、自分に話しかけているように感じてふと立ち止まったり、赤ちゃんがある一点を見つめたり指さしたりするけどそこには何もなくて不思議な気持ちになるというふうに、「なんだかわからない感じ」が全体に立ち込めていることもまた「怪奇」というのだと筆者は感じました。

手に取れそうな近い音。
はっ、とその手を出すほどの心になると、橋むこうの屋根を、ひょいひょいと手踊り雀、電信柱に下向きの傾り燕、一羽気まぐれに浮いた鷗が、どこかの手飼いの鶯交りに、音を捕うる人心を、はッと同音に笑いでもする気配。

「わからない」対象には自然も現象もありますが、なんといっても一番わからないのは人間です。私たちは普段、テレビ画面・パソコン・スマホを凝視することはあっても、人の顔を凝視することはなかなかありません。親しい間柄であってもそうだと思います。

 もし例えば、家族でも友人でも恋人でも、身近な人の顔や瞳をジッと見つめてみたら、どんなことが思い浮かぶでしょうか。おそらく、今まで見たことがない角度で、その人を見つめることになるのではないかと思います。松崎は亡霊のようなお稲を見つめた記憶を、「宇宙」という言葉をまじえて振り返っています。

が、幻ならず、最も目に刻んで忘れないのは、あの、夕暮れを、門に立って、恍惚(うっとり)空を視(なが)めた、およそ宇宙の極まる所は、艶やかに且つ黒きその一点の秘密であろうと思う、お稲の双の瞳であった。

 映画の『陽炎座』は、鎌倉で多くのシーンが撮影されています。秋の鎌倉に、本書の読書体験はとても合うことでしょう。ぜひ映画本編の鑑賞とあわせて楽しんでみてください。

文=神保慶政

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