ミステリーの名手・貫井徳郎によるVRが舞台の新境地。異世界クエスト風ゲームと現実の連続殺人が交錯する贅沢な1冊『龍の墓』

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/28

龍の墓
龍の墓』(貫井徳郎/双葉社)

 貫井徳郎といえば、デビュー作『慟哭』や妻夫木聡主演で映画化された『愚行録』をはじめ、現代が内包している闇を骨太に描く社会派ミステリーで知られる作家。そんな彼が、連続殺人の謎解きに主眼を置いた本格ミステリーを書いた、と聞いただけで驚く人は多いだろう。最新作『龍の墓』(双葉社)の舞台は〈すぐ先の未来〉、2030年代くらいの日本。この時代、スマホは最早必需品ではなくなり、ゴーグルと呼ばれる眼鏡型のツールが主流になっていた。人々は眼鏡型ゴーグルをかけたまま様々な情報にアクセスしたりVR(仮想現実)に接続してゲームや旅行を楽しんでいる。そんな時代に、世界的に大ヒットしたのが、中世ヨーロッパ的世界を舞台にしたVRゲーム《ドラゴンズ・グレイブ》だ。このゲームの中で起きる殺人事件と、現実で起きる殺人事件が交錯するという、これまで読んだことのないミステリーである。

 はじまりは、町田市郊外の山間で発見された身許不明の焼死体。ドラム缶の中で死体を燃やした犯人を、町田署の刑事・保田真萩と警視庁捜査一課の南条のコンビが追うことになる。やがて被害者の身許が判明するも、凄惨な殺され方をしたわりに、被害者はとくに恨みを買うような人物ではなく、犯人に繋がる手がかりは皆無に近い。南条・真萩のコンビが途方に暮れながらも捜査を続けるシーンが展開する一方で、家から一歩も出ずに《ドラゴンズ・グレイブ》に没頭する瀧川という男が描かれる。

 瀧川は、もともとは警察官で、真萩の同期でもあった。だが交番勤務時代、思わぬ人の悪意に巻き込まれ、仕事も、恋人も、すべてを失ってしまう。ほんのちょっとの下心はあったにせよ、何も悪いことをしていないのに、陥れられてしまった彼の境遇には同情を禁じ得ないが、《ドラゴンズ・グレイブ》漬けの生活を送っていたことが、結果として、事件の解決への糸口となっていく。

advertisement

 というのも、真萩が担当する町田の事件の後に発生した荒川区の事件が公表されるや、「町田と荒川の事件は、《ドラゴンズ・グレイブ》内でプレイヤーが遭遇する殺人事件を模しているのではないか」との噂が立つのだ。ただのこじつけかと思いきや、実際、すべての事件にゲームとの関連を示す物証が見つかる。真萩から協力要請を受けた瀧川は、警察官時代は関わることのなかった派手な事件にちょっと胸を躍らせながら、ゲームを先に進めるのだが……。

 この、ゲーム内で起きる連続殺人事件の謎解きが、それ単体としておもしろい。というのも、ゲーム内の描写は、瀧川視点だけでなく、作中作のように、キャラクターが生き生きと動き回るVR世界の物語としても描かれていくのだ。一見、現実で起きている連続殺人とは関係なさそうに進行していくその筋立てが、解決の糸口にどう関わってくるのか、最後まで先が読めず、ハラハラさせられっぱなし。

《ドラゴンズ・グレイブ》の最終目的は、どこにあるかわからない伝説の光の剣を見つけ出し、闇に侵食されつつある世界に光を取り戻すこと。恨みや悪意にまみれた世界で人を傷つけ、傷つけられることを繰り返しているという意味では、現実の世界もまた、闇に侵食されつつあると言ってもいい。果たして、自身の心を闇に沈めたままの瀧川は、事件解決の手がかりを得ることはできるのか。真萩は、光を見出すことができるのか。2つの連続殺人とその謎解きを交互に味わいながら、自分たちの生きる世界についても想いを馳せる、贅沢な一作である。

文=立花もも

あわせて読みたい