累計500万部突破の警察小説「姫川玲子シリーズ」最新作。監禁目的の改築が施された民家で男性の死体が発見され…

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/23

マリスアングル
マリスアングル』(誉田哲也/光文社)

 累計500万部突破の警察小説「姫川玲子シリーズ」第10作の『マリスアングル』(誉田哲也/光文社)。テーマはタイトルにも入っている「角度(アングル)」ですが、まずは簡単に物語の導入をご紹介します。

 舞台は東京都内各所。監禁目的で改築されたと見られる空き家で、男性の死体が見つかる。警視庁捜査一課殺人班主任の姫川玲子が現場に向かうが、証拠は不十分。時を同じくして、車にはねられて意識不明の男が見つかる。別シリーズの主人公・魚住久江も加わり、姫川の天性のひらめきによって事件解決の糸口が思わぬ形で見出される…

 まず、「姫川玲子シリーズ」を読んだことのない方向けに少し補足の説明をさせていただくと、本作は「リアルな描写」というよりも、「現実っぽいけど現実ではない」というタッチで展開していきます。その工夫は例えば企業名の付け方にも象徴されており、EC最大手の企業名は「ジャングル・ジャパン」、新聞社の名前は現実の大手新聞社と容易に類推できる名前が付けられています。

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 次にテーマの「角度」という言葉についてですが、本作の冒頭で早々に「権力をふりかざす男性」に関して、ある女性が証言する場面で登場します。

「んー、具体的に、なんて言ってたかな……『角度』って言葉は、よく使ってたかな。『角度を付けていく』みたいな。事実とか、真実に力があるんじゃない、角度にこそ力があるんだ、その角度を決めるのが俺なんだ、みたいな話だったと思います。確か」

 題名にあるもう一つの言葉「マリス」は、事件を勃発させるに至った人間関係が渦巻くキャバクラの店名で、先述した「権力をふりかざす男性」はキャバクラに出入りする客です。ドロドロした沼に手を突っ込んで、事件の起点となった「マリス」をみつめ、慎重にメスを入れていくようなプロセスが物語の本筋となっています。

 その本筋の進行をいくらか留保してでも、刑事個人のパーソナリティーや刑事同士のパートナーシップについてページを割く点が、本作(本シリーズ)の一番の特徴です。そして、実はそうした個々人の煌めきや化学反応がバチバチと起こることが、事件解決のため(強固なチームワークの形成のため)には不可欠だということを作品全体で伝えようとしているように思えます。

 例えば、主人公の姫川は未婚で「いくらかの恋心を誰かに抱いているはず」のミステリアスな人物として描かれています。まわりで次々と事件が起こるため「死神」と呼ばれている姫川の、人間的(非死神的)な側面とも言えるでしょう。

 一方、過去シリーズでも事件解決に奔走する姫川を案じて、そっとフォローしてきた既婚の菊田は「過去に一方が、あるいは双方が恋愛感情を持っていたが何らかの理由で交際するに至らなく、関係も壊れなかったため、その絆が友情として残ることになった」仲だと説明されています。その二人の阿吽の呼吸的なやりとりはこのように描かれています。

菊田は宙を見上げて「ああ」と漏らし、姫川は即座に何か言おうとテーブルに身を乗り出した。でも視界の端に、考え始めている菊田の横顔が映ったのだろう。姫川は自分の発言を呑み込み、菊田の方を向いた。菊田の発言を待とうとした。

 このように、「犯人は誰か?」ということと同等、あるいはそれ以上に、姫川たちの個性や刑事たちのパートナーシップの発露についても本作は楽しめます。語り手(これもまた「角度」)を飛び移っていきながら、事件解決を目指して旅するように展開する本作は、中長距離の移動機会に一気読みするのがオススメの一作です。

文=神保慶政

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