この男モテすぎる…! 女たちが放っておかない、型破りでフリーダムなヒーロー誕生! お色気シーンもたっぷり

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/17

ちぎれ雲"
ちぎれ雲』(富樫倫太郎/中央公論新社)

 テレビの地上波で時代劇はほとんど見なくなってしまったが、どっこい小説の世界では「時代もの」は一大ジャンル。人気シリーズの続編も着々と刊行が続き、ファンの熱い支持を集め続けている。そんな時代ものジャンルに、異色の新ヒーローが登場した。中公文庫の文庫書き下ろし新シリーズ『ちぎれ雲』(富樫倫太郎/中央公論新社)の主人公・麗門愛之助こそ、その人。この3月から1巻と2巻が2ヶ月連続刊行されるので、愛之助の魅力に一足早くハマるなら「今」だ!

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 主人公の麗門愛之助(美丈夫なのは名前からも想像がつくだろう)は、その日暮らしの気ままな浪人風情だが、実は大身旗本(旗本の中でも石高が高く、上級職に就ける)の次男坊。当時の「家」では長男に比べて次男坊は肩身が狭く、愛之助は官職にもつかず、実家ではなく酒屋に間借りして、「放念無慚流の達人」という剣の腕前を武器に「御子神検校」というボスキャラ風な盲目の金貸しの用心棒を食い扶持にして生きている。

 この主人公、「猪母真羅持ちで女たちが放っておかない」という凄まじいほどのモテっぷり。あらゆるところから出没する女たちの誘いを次々とあしらう様は、なんだか襲いかかる障害物をのりこえて進むゲームの勇者のよう(とはいえ、しっかりすることはする)。物語はそんな型破りでフリーダムなヒーローが、ズルズルと凶悪な「敵」と対峙する運命に引き摺り込まれていくことになるというもの。チャンバラの魅力もお色気要素もたっぷり詰まった本作は「これぞ時代もの冒険活劇!」との声も高い。

 深川の岡場所(江戸時代の私娼地)・仲町の桔梗屋で、愛之助の雇い主の御子神検校と芹沢という田舎侍が美吉野という妓(おんな)を取り合い小競り合いになってしまう。妓楼の主人の計らいでその場は収まったものの、芹沢の腹立ちは治らない。芹沢は帰路に就く検校一行を待ち伏せして報復しようとするが、逆に剣の達人である愛之助に髷(まげ)を切り落とされてしまう。笑い物にされた芹沢はその場を逃げ去るが、事件はそれで終わったわけではなかった。家臣が辱めを受けたと知った雨海藩は激しく憤り、愛之助を抹殺するため刺客を放つのだった――。

 命を奪うのではなくチョイと懲らしめたつもりの愛之助だったが、まさかの「武士のプライド」の問題に抵触して大ピンチに陥ってしまう。我々からすれば少々驚きの武士のメンタリティだが、実はこの物語にはこのほかにも武士特有の「生きづらさ」が描かれていて興味深い。

 例えば、愛之助の親友の鯖之助は、武士と言っても貧乏御家人なので仕事もなく金もなく愚痴ばかり。同じく親友の潤一郎は愛之助と同じくらいの家格だが、「次男坊」なのでいくら優秀でもなかなか幕府のお役目につけず燻っている。さらには江戸の市中には「旗本奴」と呼ばれる武家のはみ出し者たちがアウトローとして幅を利かせている(いずれも武士なので簡単に人を殺せるのだから、なかなかヤバい時代だ)。愛之助はそんな輩と渡り合っていくことになる。

 タイトルの「ちぎれ雲」は、積乱雲など厚い雲の下を単独で流れる雲のこと。愛之助をはじめ武家社会という大きな世界の枠に入らない「外れ値」のような輩は、誰もが等しく「ちぎれ雲」なのだろう。孤独、だけど、自由。その「強さ」が、この先にさまざまなドラマを見せてくれるに違いない。

文=荒井理恵

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