複雑に好きと嫌いの矢印がいきかう中学生の教室の人間模様…児童文学の新進作家が描く、自分だけの特別を見つける物語『理科準備室のヴィーナス』

文芸・カルチャー

2017/9/14

『理科準備室のヴィーナス』(戸森しるこ/講談社)

誰かの特別な存在になるのって、大変だ。特別な人の特別になるのは、もっとむずかしい。無関心でいられるくらいなら、嫌われてその人の視界に映り続けるほうがいい――。複雑に好きと嫌いの矢印がいきかう中学生の教室の、人間模様を描いた『理科準備室のヴィーナス』(戸森しるこ/講談社)。ひこ・田中氏も感激した、児童文学の新鋭作家がおくる最新作だ。

戸森しるこ氏は子供相手に手加減しない。子供だからわからないんじゃないか、こんなことを教えるのはまだ早いんじゃないか。大人の勝手な忖度は作品から排除されている。たとえばデビュー作『ぼくたちのリアル』では、フィンランド人の父をもち男の子を好きになる少年を描いた。あさのあつこ氏が「心が震えて、止まりません」と絶賛した第二作『十一月のマーブル』では、主人公の両親は、母親が社会的に許されぬ恋をしたことで離婚している。戸森氏が描くのは、どこにも「普通」なんて存在しない、多様性に満ちた世界だ。簡単には正解を出すことができず、理不尽だらけにも思えるからこそ、見出す希望と優しさは尊く、強さをともなうのだと教えてくれる。

最新作『理科準備室のヴィーナス』でもその姿勢は変わらない。中学1年生の瞳は、小学生の頃から同級生の南野さんに嫌われている。かわいくておしゃれで人気者の彼女が、瞳自身は大好きなのに、ある事件をきっかけに口をきいてもらえなくなった。声をかけられるのは、嘲笑されるときだけ。いじめというほど積極的でもないが、ぼんやりと孤立している教室の中で、瞳が出会ったのが不思議な自由さで人を惹きつける人見(ひとみ)先生だった。シングルマザーと噂され、大人なのに、どこか瞳の感性に近い心と自由さをもつ先生を目で追ううち、瞳は、同じように彼女を見つめるクラスメート・正木くんに気づく。やがて金曜日の放課後を、先生のいる理科準備室で瞳は正木くんとともに過ごすようになるのだが、その特別な空間が、瞳を癒し、そして新たな欲求と葛藤を生み出していく。

絶望しているわけじゃないけど、どこかぽっかりあいている心の空洞。それを埋めてくれたのは、瞳が望んだ誰かではなく、瞳と同じように人見先生の心を求めていた正木くんだった。恋愛というよりも同志に近いけれど、恋愛と違って気持ちの見返りを求めあわない関係だから、二人は互いの空洞に寄り添えたのかもしれない。

本作では、言葉のもつ力の大きさについても描かれる。不用意な発言で瞳を傷つけた人見先生に瞳は「一度言ってしまった言葉は、人の心にはりついて、もう二度と取り消せない」と思うが、そんな彼女もまた自分の放った言葉によって呪いにかけられていた。言葉によって人は傷つけあうことも、つながりあうこともできる。忘れられないということは、遺恨をうむことでもあり、永遠に特別な関係を紡ぎ続けることでもある。曖昧で不確かなものばかりに囲まれるなかで、人はどうやって自分だけの特別を見つけていくのか。本書で描かれているのはそんな、問いかけだ。瞳たちは何を見つけたのか。読者である我々は何を見つけられるのか。読み返しながら深く考えたい一冊である。

文=立花もも