「食べちゃいたいほど、可愛い」あられもない愛の言葉は「内なる野生」の呼び声か?
公開日:2017/11/24
ヒトの体の中でもっともエロティックな部分は「口」だと思う。私たちの体の部分はそれぞれ特有の機能を持ち、その役割を果たす。目は「見る」、耳は「聞く」、鼻は「においを嗅ぐ」「呼吸する」。口の役割といえば、言葉を発するという行為を通じて「自分の考えを相手に伝える」、そして、飲む・食べるという行為を通じて「体外から体内へ栄養をとりいれる」。しかしそれだけではない。口は他に比べて圧倒的に能動的なテクニシャンだ。パートナーとの濃密な時間には、口全体や唇、舌、歯、ときに喉をも自在に用いて、くわえる、しゃぶる、吸う、なめる、噛むなどの手段で「相手をこの上ない快楽へと導く」。そう、口は「性具」となるのだ。
『性食考』(赤坂憲雄/岩波書店)は、民俗学・日本文化論の専門家である著者が「食べること/交わること/殺すこと」をテーマに、誰もがぼんやりと感じているが、真っ直ぐに論究していなかったことを試行錯誤しながらまとめたものだ。様々な文献を引き、伝承、神話、寓話、艶話…イザナキ、イザナミから宮沢賢治、そしてグリムまで、古今東西の性と食とに関する考えをクローズアップし、論考する。
食べちゃいたいほど、可愛い
「あいつは会社の女の子を食いまくっている」
「彼女はただのつまみ食いだよ」
性行為を、食べることに例えることはよくある。本書の中で引用された『子どもの本と〈食〉』と題された論集に、こんな一文がある。
子どもの本における〈食〉は、おとなの文学における〈性〉の代替であるといわれることが多い。食べる行為は、セクシュアリティを強く想起させ、これもまた身体の意識につながっている。食べることが性同様、生存の本能の一つであるとすれば、人も自然界の食う・食われるという関係の連鎖の中に位置づけられる。
「食べたい」も「ヤリたい」も、ヒトにとってはごく自然な欲望だ。別々のものとして扱われてきた食欲と性欲は共通する何かで繋がっているのかもしれない。
■エロス(性)がタナトス(死)に変容(メタモルフォーゼ)する
「九相図」とは、死体が腐敗し白骨となるまでのプロセスを死の直後から時間を追って9つの相で描いた東洋的な絵画だ。死んですぐは雪白の肌がなまめかしく、女性の裸体を存分に眺めることができるポルノグラフィックな絵画としての側面があるが、時間が経つほどに身体は膿み、黒変し、悪臭を放ち、蛆がわく。時をかけてグロテスクに変貌した「性」と「死」が絡み合う。古事記の中でイザナキは、亡くなったイザナミ恋しさに黄泉の国を訪れるが、膿がわき蛆がたかるイザナミの腐った醜い姿を目にし、逃げ出してしまう。生と死と性が絡み合い、男の女へのまなざしは幾重にも屈折を強いられる。
「食べること/交わること/殺すこと」の考察はなかなかに味付けが濃く、ボリュームもある。この“食べ応え”のある本書、ぜひご賞味いただきたい。
文=銀 璃子
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