直木賞発表間近! 処女作にしてノミネートされたセカオワ・Saoriの小説『ふたご』、はたしてその評判は?

文芸・カルチャー

2018/1/16

『ふたご』(藤崎彩織/文藝春秋)

 処女作にして直木賞ノミネートで話題の『ふたご』(文藝春秋/藤崎彩織)。SEKAI NO OWARI(セカオワ)のピアニスト・Saoriさんが、ボーカルのFukaseさんに勧められて書き始めたという本作は、女社会の中でうまく立ち回れない不器用な夏子と、感受性が強すぎて生きづらさを抱える繊細な少年・月島だ。

 中学2年のときに出会った1つ年上の彼を、夏子は“寒空の下にいる動物みたい”だと感じた。どこにも自分の居場所が見つけられない、誰にも理解してもらえないさみしさを、言葉などなくても共有しあった2人は、互いを誰より大切にいつくしむようになる。

“ふたご”のようにしっくりくる彼は、夏子にとって親友であり、家族も同然だ。ときに恋人と呼称することもあるのだが、しかし、2人が男女の関係にはなることは決してなかった。嫉妬することも束縛することも許されないのに、彼は夏子を手放さない。本当にふたごだったらよかったのにというジレンマのなか、それでも「お前の居場所は、俺が作るから」という月島の言葉を支えに夏子は、誘われるままに彼とバンドを組むことを決める……。

 発売当初から本書は大きな反響を呼んだ。だがたちまち10万部突破したのは何もセンセーショナルだったからだけではない。以下に、心を打たれた読者の反響を一部ご紹介しよう。

「人生はいつだってやり直せるからさ」 月島の言葉にハッとさせられたのは、自分だけではないだろう。多くの人は親や周囲の人、ひいては社会が敷いたレールの上を走っていて、そこに疑問など持たない。でも、月島はレールの上を必死に走る人を嘲うかのようにひょいっとそのレールから飛び降りる。 これは、きっと作者が「語らなければならなかった」物語だ。普通の人間がしていない稀有な経験を積み重ねたから日々は、それだけで読む人の心を揺さぶる。(かつん)

夏子と同じ体験をしたわけじゃないけど、私は彼女が味わった感情を確かに感じたことがある。夏子の心情が描かれるたびに、胸が焼かれるような痛みに襲われて、でも酔いしれるような感覚にもなって。早く読み進めたいと思うのに、ずっとこの言葉の中にいたいと思ったり。なんかね、私これ、いい意味でダメです。もう、大好き。(はるな)

孤独だった少女夏子の月島への気持ちや葛藤が切なかった。 頑張るとは何か、疲れてしまった心。もがき苦しむ2人のそれぞれの感情が丁寧に描かれている。途中、悲しく、寂しく、苦しい気持ちになったが「お前の居場所は、俺が作るから」と夏子に告げた月島はそれを実現させ、夏子は救われる。もしも私たちがふたごであったなら。と繰り返されるラスト。夏子の月島に惹かれる心は、どんな形であっても永遠のものかもしれないと感じた。(びびん)

読了後、じんわりと胸が温かくなった。『ふたご』という関係性は月島のはぐらかしでもあり、切望でもあるように思える。主人公が求めるより遥かに強く、月島の方が主人公を必要としているのではないだろうか。 信頼と羨望の先で、 主人公はかけがえのないものを手に入れるだろう。自分を凡人だと信じながら。(チスコ)

心が抉られるような感覚を覚えたのと一緒に、少し羨ましい気持ちもありました。 嬉しいを通り越して悲しくなる程誰かを好きになるって凄いことだと思います。もっともっと、月島となっちゃん達の物語を読んでいたかったです。 1回読むだけじゃ何か足りない。 何度も何度も読み直したいと思える物語でした。(瑠紅葉)

少年と少女の、壊れそうなほど繊細な物語。感受性が強すぎて心のバランスが危うくなるかんじが、読んでいるほうにも伝染してヒリヒリと痛い。月島のような人はすごく魅力的で引き付けられるのだろうけど、ブラックホールのようで、自分がしっかりしていないと引きずりこまれてしまいそうだ。そういう恋だからこそ、生涯心に残るものになるのかもしれない。(kozu)

 現実のセカオワと本作を完全に切り離して読むことは難しいかもしれない。だがそれでも、恋愛を超えたふたりの絆と、孤独を乗り越えようとする姿に、現実を超えて響いてくるものがある。行間から溢れだす繊細な感情のきらめきを、ぜひとも体感してみてほしい。

文=立花もも