『シン・ゴジラ』自衛隊トップのモデルが教える、ビジネスパーソンが絶対に知っておくべき国際情勢の考え方

ビジネス

更新日:2018/3/19

『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(折木良一/KADOKAWA)

 大ヒット映画『シン・ゴジラ』で自衛隊トップを演じた国村隼氏のモデルであるともされる第3代統合幕僚長、折木良一氏。その折木氏はいま、英EU離脱やトランプ政権誕生、北朝鮮問題など激変する国際情勢をどう捉えているのでしょうか? さかんに議論される「地政学」よりもさらに重要な「地経学」という考え方を紹介しながら、ビジネスパーソンが絶対に知っておくべき国際情勢の見方を語ります。

■日本企業は「想定外」のリスクこそ想定すべき

 近年、企業は大規模な自然災害や企業不祥事に備え、「リスク管理」や「危機管理」に目を向けるようになっています。しかし、現実的な対応については、大災害に際して地方自治体や企業のBCP(事業継続計画)に不備が見受けられるように、組織の危機対応はまだ不十分ではないか、と危機管理に従事した経験をもつ者として、憂慮しています。

 毎年、必ず起きる「地政学的リスク」の衝撃が経営を襲った場合、あるいはコンプライアンス違反などの企業不祥事が発覚した場合、企業はマスコミ対応を含めた危機に突入します。そこでかじ取りを一つ間違えれば、倒産といった最悪の事態も考えられます。

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 昨年2017年だけを見ても、イスラム過激派のテロが依然として世界各地で頻発し、北朝鮮による核実験やミサイル発射が相次ぎました。北朝鮮危機をめぐって協力すべき隣国である韓国と日本の関係改善も進まず、欧州を見れば、イギリスのEU離脱の行方も気になります。

 北朝鮮情勢をはじめとして、国際情勢が緊迫すれば、当然ですが、為替は大きく動きます。最近では「有事の円買い」が定着し、円高基調に振れることがありますが、日本の財政状況を考えれば、危機=日本のリスクと認識した投資家がいつ、「有事のドル買い」に走るともかぎりません。

 日本企業が経営戦略立案の大前提としている日米関係についてはどうでしょうか。大領領就任前には日米同盟について際どい発言を連発したトランプ氏ですが、就任後には日本政府の対応やジェームズ・マティス国防長官、重要関係スタッフの尽力もあり、その関係は安定しています。しかし、たとえばそのトランプ発言に、日本を代表する企業であるトヨタ自動車は翻弄されました。

 トヨタは2017年1月9日、アメリカで今後、5年間に100億ドル(約1兆1700億円)を投資する計画を明らかにしました。巨額の投資は、新型車の導入準備や生産性の向上に充てられるとされます。
 同月5日にトランプ大統領が、トヨタのメキシコ工場新設計画について、「ありえない! アメリカに投資しろ。さもなければ多額の『国境税』を払え」 とツイッターに投稿したことを受けての対応だとされますが、こうしたケースがどこまで教科書に載っているでしょうか。

 これも経営環境の変動要因になった立派なリスクと捉えるべきです。そう考えれば、経営戦略の策定にあたっては「想定外」のリスクが起きることこそ想定すべきであり、ビジネスパーソンこそ目前の生々しい安全保障について、経営と結びつけて語ることのできる知見を有しておくべきだと思います。

■「地政学」を超える「地経学」という考え方の大切さ

 最近耳にすることが増えた地政学とは、「国家が行なう政治行動を、地理的環境、条件と結びつけて考える学問」と定義づけられるでしょう。現在、地政学的リスクの二大要因は、「テロの脅威」と「地域紛争の勃発」といわれています。

 仮にそうした出来事に直接巻き込まれなくとも、経済がグローバル化するなかで、テロや国際紛争のリスクが、全世界的に影響を及ぼすことが増えています。とくに中東地域での紛争やテロは、原油価格や株式、為替などの経済的な変動を引き起こし、国際経済や企業活動などに影響を及ぼす不安定要因となることが予想されます。

 こうした地政学的リスクは、国際政治の講義などではよく取り上げられます。しかし、日本企業で真剣に議論されることは、あまり多くないのではないでしょうか。そもそも日本企業には、地政学的リスクに対する意識が欠けているように思われます。第二次世界大戦後、紛争や戦争というものに直接的にはほぼ相対することなく、平和な環境のなかですごしてきたからです。

 さらにいえば、これからその地政学よりもさらに重要になるのが、「地経学」という概念であると私は考えています。地経学とは、「地政学的な利益を、経済的手段で実現しようとする政治・外交手法」と定義づけられるでしょう。
 そこで重要となるのは、地政学が扱う「国境」などの概念ではなく、グローバル化による経済的な結びつき、たとえば世界中に張り巡らされたパイプラインなどのインフラストラクチャーです。こうした「つながり」を利用した戦略こそが、各国の利益を体現する、という考え方なのです。

 実例をあげたほうがわかりやすいでしょう。こうした地経学的アプローチを体現しようとしている国が、中国です。中国の掲げる「一帯一路」構想はその典型です。「一帯一路」とは、陸路で中央アジアを経て欧州に続く「シルクロード経済ベルト」を「一帯」とし、南シナ海からインド洋を通り欧州へ向かう「二十一世紀海上シルクロード」を「一路」とする構想のことです。

■複眼的な思考で目の前の国際情勢を捉えよう

 この「一帯一路」を見ると、新たな市場の獲得や物流インフラの整備という「平和的協力、共存共栄」の狙いをもつ裏で、軍事的影響力の拡大を図るというホンネが透けてみえます。しかし、そもそも中国の軍事的台頭が世界の安全保障や日本経済、日本企業の戦略に与える影響は? と聞かれて、すぐに答えられるでしょうか。『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)では私なりの見立てを語っていますが、こちらも具体例を挙げておきましょう。

 2010年、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件において、中国がレアアースの輸出を制限し、日本に対して漁船船長を釈放させようと圧力をかけました。尖閣諸島周辺での現場対応は海上保安庁を中心に行なわれていましたが、日中間は非常に緊迫した情勢でしたし、統幕長として外交・安全保障上の動きを注視しながら、たいへん緊張したものでした。あの事件は、地経学的行動の典型例です。
 さらには2017年、同じような事象が韓国で起きました。2016年に北朝鮮は二十数発のミサイル発射を行ない、2017年には15回、20発の弾道ミサイルを発射、9月には「レッドライン」であるともいわれた6度目の核実験に踏み切りました。

 こうした北朝鮮の行動に対し、韓国の文在寅大統領は2017年7月29日、在韓米軍のミサイル防衛システムであるTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)について、このシステムを本格運用させるための準備を早期に開始する、という意向を示したのです。
 しかしこのTHAAD配備について、中国とロシアは、その本来の目的は北朝鮮ではなく、中露を対象にしたものだ、と強く反発しました。この配備をめぐって中韓関係は2016年の夏ごろから冷え込んでいましたが、そこから中国の韓国への対応はさらに厳しいものになったことは、多くの方がご存じでしょう。

 2017年8月24日付の『読売新聞』は、このTHAAD配備をめぐる中国の報復の結果、2017年上半期に韓国経済がどのくらいダメージを受けたかについて、報じています。それによれば、中国にある韓国・ロッテグループ系列(この系列のゴルフ場にTHAADが展開するといわれています)のスーパーマーケットでは99店舗のうち、74店舗が営業停止、13店舗が自主営業をしています。
 韓国を訪問した中国人観光客は225万人と、前年同期比でなんと41%減。経済的手段を使った報復措置によって政治に影響を及ぼそうという、まさに地経学的な手法の典型例といえるでしょう。

 現代の特徴は、冷戦時代と比べて、各国の経済的な相互依存度が圧倒的に大きいことです。ですから経済的依存度が、政治・外交・安全保障上の政策に影響を及ぼしたり、逆に政治・外交・安全保障の影響が経済政策や経済活動に影響を与えるのです。
 ビジネススクールで教えられる経済中心の戦略論だけではなく、複眼的な思考をもちながら戦略を構築する必要があることを、政治・外交・安全保障の生々しい現実は私たちに教えてくれるのです。