主人公不在、 終始「Q&A」の対話で進む…直木賞作家・恩田陸による驚愕の現代ミステリー

文芸・カルチャー

2018/2/25

『Q&A』(恩田陸/幻冬舎)

 人の狂気は下手なホラー映画より戦慄させる。『Q&A』(恩田陸/幻冬舎)を読み終えた後も体はゾクゾクしていた。真夜中だったせいもあるかもしれない。静まり返った部屋がシンとして恐ろしかった。

 本作は、都下郊外の大型商業施設で発生した重大死傷事故を解き明かそうとするミステリーだ。ただ、一般的な推理小説と違うのは、終始、質問する人物(Q)と(&)それに回答する人物(A)の対話だけで進められていくこと。したがって主人公はおらず、問いかける人物もそれに答える人物も絶えず入れ替わっていく。

 はじめの回答者は新聞の事件記者。彼はこの物語の概要を語る役割を担っている。その証言を要約すると、

 大型スーパーマーケットMで火災が発生したと消防に第一報が入った。しかしその次には、毒ガスがまかれたという情報が出回った。入り乱れる情報に混乱しつつ、現場に行ってみると、大勢の客がスーパーから必死で逃げ出した直後だった。その証言を聞こうと取材を試みたが、驚いたことにスーパーの中で何が起きたのか、誰も正確に把握していなかった。事故なのか事件なのか、その原因が一向に見えず、雲をつかむような話を会社に持ち帰ったところ、警察から発表が入った。死者69人、負傷者116人という重大死傷事件になったというのだ。なにより気味が悪かったのが、警察や消防が現場検証をしたが、なぜそのような死傷者が出る事件にまで至ったのか、原因がまったく特定できなかった。

 というものだ。

 正直なところ、この事件記者の部分は少々読みづらかった。事件の概要を語る役割を担っているせいか、単調で面白味に欠けた。だが、物語は次のQ&Aで展開していく。ここから本を手放せなくなった。表紙が手にはりついた感覚だった。

 このミステリーに登場する回答者たちは、みんなこの事件の関係者だ。スーパーマーケット内部で事件が起きる瞬間に出くわした老人、この事件で身内を亡くしてしまった女性、事件の真相を嗅ぎまわる学生、あらゆる人々が顔を出す。質問者は人や立場を入れ替えながら、この事件の調査をするべく当時の話を聞き出そうとする。

 質問者の問いかけに対して、はじめは事件の体験を詳細に語ったり、友達同士で近況を交わすように話したり、とてもまともそうな印象を受ける回答者だが……突如、豹変する。

 私たちは社会で出会う人々と上手くやっていくため、誰しも仮面を被っている。いや、心のどこかに栓をしていると言うべきか。その栓を引き抜くと、普段は隠している心の薄暗い部分、怪しいことを考える誰にも見せられない自分がにゅっと現れる。大なり小なり、誰しも抑え込んでいるはずだ。

 それが突如にゅっと現れるのだ。事件の真相に近づきつつ、精巧な心理描写によって、近づきたくない別の何かにも近づいてしまう。Q&Aというインタビュー形式がその雰囲気を一層高めている。読み進めるたびに家の室温が下がっていく感覚だった。決してホラーじゃないのだが……怖い。すべての人間が隠し持つ狂気をリアルに描き出している。読みふけっているときの自分の顔がとても気になった。その顔は正気だっただろうか。

 きつめのミステリーが苦手な方は、本作を遠慮したほうがいいだろう。なぜならこの記事を書く私がそうだからだ。あっという間に読み終えたが、若干後悔している気持ちもある。真夜中に読み進めたのがまずかったらしい。

 本作を読み終えて、最後に私からあなたに質問をしたい。

 あなたは、なぜあなたでいられますか?
 あなたは、あなたが正気であることをどうやって証明できますか?
 あなたは、誰にも言えない本音と狂気を隠し持っていませんか?
 あなたは、いつまでそれを抑え込むことができますか?

文=いのうえゆきひろ