青酸カリ、本当はアーモンド臭なんかしない? 現役研究員が描く人気シリーズ『化学探偵Mr.キュリー』最新刊!

文芸・カルチャー

2018/3/12

『化学探偵Mr.キュリー』(喜多喜久/中央公論新社)

 物語で殺人事件が起きたとき、よく聞くこんなセリフがある。「アーモンドのようなこの香り……青酸カリですね」なんて被害者の口元を嗅いで、探偵役がのたまうのだ。これ、実は我々がチョコと一緒に食しているあのアーモンドの香りとはまるで違うということを、知らない人も多いのではないだろうか。じゃあなんのどんな香りなの? と思った人はぜひとも『化学探偵Mr.キュリー』シリーズ(喜多喜久/中央公論新社)の2巻を読んでみてほしい。その答えとともに事件の謎を解く、変わり者の大学准教授・Mr.キュリーこと沖野氏が講義してくれることだろう。

 ちなみに1巻では「クロロホルムを染みこませたハンカチで口を塞いだところで相手が気絶することはない」ことを教えてくれる。え? ネタバレじゃないかって? とんでもない。これは序の口。とっかかり。あたりまえに流布されている情報をひっくり返したその先に、本作の面白さは詰まっている。

 デビュー以来、化学ミステリーを書き続けてきた著者の喜多喜久さん。“東京大学大学院薬学系研究科修士課程を修了した大手製薬会社の現役研究員”という肩書はだてじゃない。「読者に驚きを与えるトリックを用いたミステリーを書きたいと思ったとき、現実世界で舞台にしやすかったのがなじみある大学研究室だったのですが、書いてみると意外と化学というのは描かれてこなかったジャンルだと気がついて」と『ダ・ヴィンチ』インタビューで語っていたが、ニッチなネタを日常の他愛ない感情と事件に結びつけ、科学と化学の違いもわからない初心者にも魅力的なキャラ文芸として書き続けているのが本シリーズだ(ちなみに化学と生物はややクロスするところもあるらしく、生物ネタは『リング』『らせん』などをはじめミステリーでもまま使われるのだが、純粋なケミカルネタは喜多さんの知る限りあまりないらしい)。初のシリーズ作品にして累計50万部を突破した人気作である。

 語り手は、大学の庶務課に配属された新人事務員・七瀬舞衣。雑用とともに持ち込まれる不可解で面倒な事件を、化学科の准教授・沖野春彦、通称Mr.キュリーと解決していく連作ミステリーだ。そのトリックはすべて化学の知識にちなんだもので、たとえば最新7巻では「水素水は本当に効果があるのか?」に言及している。化学なんて自分には無関係だと思う人も多いかもしれないが、原子が結合して分子となり、乱暴にいえばその無数の集まりが人間をはじめとする生物を生み出しているのだから、実はだれにとってももっとも身近で、そこらじゅうにネタがあふれている分野なのだ。そんなわけでMr.キュリーは、さまざまな事件を化学知識を総動員して解決していく。

 謎解きの面白さはもちろん、最初は好奇心のおもむくままに沖野を頼り、厄介事に首を突っ込んでいた舞衣の、巻を追うごとにみせる成長も読みどころ。難問にぶつかったとき「こんなとき沖野先生ならどんな論理で事態を見据えて、解決に導くだろう?」と思考することを覚えた彼女は、社会人として一人の女性として開花していく。Mr.キュリーとのじれったい関係も気になるところだが、最新7巻で描かれるのはシリーズ初、サブキャラたちのサイドストーリー。虹をテーマに七色の謎を用意した、という喜多氏。見方が変わるだけで世界は鮮やかに反転し思いもよらない真実を浮かびあがらせる。読み終えたとき読者の日常もきっと色鮮やかに彩られているはずだ。

文=立花もも