伊坂幸太郎が「うつくしい作品」と絶賛! “量子病”という奇病に冒された女性の奮闘を描くSFフォークロア

文芸・カルチャー

2018/4/5

『マレ・サカチのたったひとつの贈物』(王城夕紀/中央公論新社)

「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」という言葉があるが、そんな時の流れのなかで、あらゆる人たちとの出会いと別れを繰り返す私たちもいわば旅人のようなものだ。そんな時のなかで私たちは何を思うのか。何を掴み取り、世界にどんな痕跡を残せるのだろうか。自分にあたえられた時間を大切にしなくては。そう思えるSFファンタジー小説がある。

 王城夕紀氏の『マレ・サカチのたったひとつの贈物』(Mieze:イラスト/中央公論新社)は、自分の意志とは関係なく世界中をワープし続ける「量子病」という奇病に冒された女性の旅を描くSFフォークロア。王城氏といえば、デビュー作『天盆』で、架空の盤戯「天盆」を中心とした熱気あふれる物語を描き出したが、この作品では、架空の病「量子病」によってもたらされる出会いと別れを疾走感あふれる筆致で描き出す。小説家の伊坂幸太郎氏はこの小説の帯にこんな言葉を寄せている。

「読めばきっと、時間を無駄にできないな、と思える、うつくしい作品でした。王城さんの作品に多くの若い読者が出会えますように。」

 まさに、この言葉通り、この作品は美しい。自分にあたえられた時間のなかで奮闘する主人公の姿に思わず感動させられてしまう。

 時は近未来。舞台は、全世界、全地球。主人公・マレ・サカチは、本人の意志によらず世界中のいろいろな場所にワープし続ける「量子病」に冒され 、世界中を飛び回る運命を負っていた。行き先も滞在期間もバラバラ。いつどこに飛 ぶかもわからず、ひとつの場所に長くはとどまっていられない。そんな旅のなかで、彼女は次第に世界の異変を感じとっていく。一瞬後の居場所すら予測できず、人生を“積み重ね”られない彼女はどう生きるというのだろうか。

 マレはたくましい。「量子病」に冒され たと知った時には様々な語学を学び、いつ飛 ばされても大丈夫なようにと準備をすすめ、飛 ばされた先でも、人とうまくコミュニケーションをとって輪のなかに入っていく。そして、飛ばされる先でも自分なりにできることをしようと動いていく。

 舞台になっている近未来の描写にも圧倒される。ワールドダウンという大恐慌を経て富裕層と貧困層の二極化が加速。富裕層は資本主義の体制を維持しようと必死になる一方で、テロが相次ぎ、世界経済が下降していく。しわ寄せは低所得者に向かい、デモが白熱、規制が強化され続ける。そして、経済の下降を食い止めようと、国家主導で行われる「祝祭資本主義」なるものが行われる。また、ネットを通じて、人々は操作され始め…。混乱をきわめる社会情勢のなかで、マレは何を思い、どう行動するのだろうか。

「いつも、これで最後の別れになるんじゃないかと思ってしまうよ」
 彼女は、またおどけて微笑む。
「いつだって、どの別れだって、みんなそうじゃない?」

怯えて生きるか、楽しく生きるか。
たとえ今日死ぬと知っていても、選ぶことはできる。

出会え。
別れたって、また、出会え。

 物語のなかには、心に響く言葉もたくさんある。マレの病気は架空のものだ。だが、私たちも人と出会い、別れ、そして、また誰かと出会い続ける。じっとしていることはできない。そんな世界のなかでどう生きればいいか。そんなことを考えさせられる、この美しい物語をぜひあなたも手にとってほしい。

文=アサトーミナミ