20年後の自分から届いた手紙の正体とは? デビュー10周年の湊かなえが贈る、絶望と希望の物語『未来』

文芸・カルチャー

2018/6/22

『未来』(湊かなえ/双葉社)

 身を寄せ合い、逃げるように夜行バスに乗り込む2人の少女。誰かに追われているのか、それとも何かをしでかしたのか。夜の闇に不穏な息遣いの響きわたる小説『未来』(双葉社)の冒頭は、湊かなえさんの作家生活10周年を飾るにふさわしいが、これまでと少し毛色の違う部分がある。それは少女のにぎりしめている手紙だ。〈こんにちは、章子。わたしは二〇年後のあなた、三〇才の章子です。〉という書き出しから始まるそれは、未来の自分から届いたメッセージなのだ。もしや湊かなえ初のSF作品か? と思ってしまったあなたはすでに、湊さんの術中にはまっている。

 手紙に同封されていたのは、東京ドリームマウンテン30周年のしおり。現実には主人公の章子と同じ、10周年を迎えたばかりなのに、だ。読者に最後までその仕掛けを考えさせ続けるそのしおりに後押しされて、章子は半信半疑のまま、未来の自分に返事を書いてみることにする。第一章は、投函するあてもなく章子が書き綴った手紙の羅列で展開していくのだが、読み進めていくうちに彼女はなかなかシビアな環境に身を置いていることがわかる。

 第一に、大好きな父親を亡くしたばかりということ。第二に、残された母はときどきスイッチが切れて“人形”になってしまうこと。第三は、突然あらわれた父方の祖母に、母のとんでもない過去をつきつけられたこと。

 と、数えきれないほどの不幸が連鎖していく章子。中学に入り、母に新しい恋人ができ、その男・早坂とともに暮らし始めたことでその人生は坂道を転がるように苦しみを増していく。この一つひとつの描写がまあ、エグい。とくに章子が登校拒否するきっかけとなるクラスメート・実里からのいじめは胸が潰れそうになるほどで、さらには早坂の本性と悪意に満ちた仕打ちには、次から次へとなぜ章子がこんな目に……と読み進めるのが正直しんどくなってくるのだが、何よりやるせないのは、実里も早坂もある面では被害者だということ。「あのときのボタンの掛け違いがなければみんな笑っていたはずなのに」という些細な不幸の積み重ねで、全員が追い詰められて事件が起きる。連綿とつながる過去のうえに成り立っている現在。さかのぼればそれは、章子の両親の秘められた過去に端を発し、手紙の謎も含めて物語のすべてが明かされたとき、読者は善悪ではわりきれない人間の業について考えさせられるはずだ。

 どんなに苦しくても章子が強く前に進むことができたのは、30歳の自分は幸せに生きていると思えたからこそだった。その日あったできごとを日記にただ綴るのとはちがう。未来の自分に語りかけ続けることは、未来の自分を信じることだ。ほんの少しでも先に進めたら、きっと明るい道が用意されている。そのほんの少しの光はきっと、一人だけでは見つけられない。もう一人、手紙を受け取ることになる少女とともに、章子は絶望をいかに生き抜いていくのか。決して切り離すことのできない人間の明暗を描き続けてきた湊さんだから示すことのできる、本書は新たな“希望”の小説なのである。

文=立花もも