ビール、スマホ、地下鉄、バター…。理不尽な「価格」に隠されたカラクリ

ビジネス

公開日:2018/7/6

『「価格」を疑え なぜビールは値上がり続けるのか』(吉川尚宏/中央公論新社)

「地下鉄にしか乗っていないのに、Suicaの残高がかなり減った!」――出張や観光で東京を訪れた人がよく引っかかる“運賃トラップ”だ。東京メトロと都営地下鉄の2路線を跨いだ場合、割引はあるものの初乗り運賃が2度求められる。これはもはや東京名物だと言っても過言ではないだろう。

 ビールは今や高級品の扱いだ。昨年6月、すでに割高に感じていたビールに加え、発泡酒、さらには“第3のビール”と呼ばれている発泡アルコール飲料まで、それぞれ10パーセント前後値段が上がった。ビール好きの筆者もこれについては不満である。

 上記のような「価格」は、実は需要と供給に関係なく決められているという。複雑怪奇な体系の携帯電話料金や、神隠しにあったようにスーパーから消えてしまうバターの価格なども同様だ。

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 消費者が「高い」と感じる価格の裏には大きな力が関与している。それは「官製価格」だ。そういった動きに対して「市場にダイナミズムを取り戻せ」と主張するのが、『「価格」を疑え なぜビールは値上がり続けるのか』(吉川尚宏/中央公論新社)という1冊だ。総務省有識者会議にも参画する著者は、官製価格化が競争市場からダイナミズムを奪い、経済の停滞を招く元凶になっていると警鐘を鳴らす。

■ややこしい鉄道運賃が、ICカードで誤魔化される

 冒頭でも触れた通り、東京の地下鉄には東京メトロと都営地下鉄の2つの運営会社とそれぞれの運賃制度が存在する。複数の路線が乗り入れする九段下駅のホームには、2013年まで壁があり、ひとつのホーム上でも乗り換えのために階段を上下しなければならないため、不便の象徴として「バカの壁」とも揶揄されていた。

 東京メトロと都営地下鉄の運営を統合しようという議論はこれまでにもたびたび起こってきたが、2社の経営力には格差があり困難。また、沿線価値の競争などの面からも運賃の統合すらも困難なのだという。また、JRや私鉄の相互乗り入れが進み利用客にとって利便性が向上する一方で、初乗り運賃が毎度加算されるという仕組みは変わらない。

 以前は乗り換えのたびに切符を購入する必要があったため、利用者から切符購入の手間と料金の高さの両方に対する不満があった。ところがICカードなどの導入などにより手間が省けた一方で、割高な運賃は見えにくくなった。その結果として現行制度が根強く維持されるようになったのではないかと著者は推測する。つまり、利便性の向上というメリットの陰で、高い料金が誤魔化されている構図だ。

■ビール値上げで全員が損。改正酒税法は失敗だった?

 2017年6月のビール類の値上げは消費者の負担を増やし、販売数量も減少させた。この値上がりの原因は改正酒税法の施行にあると著者はいう。

この法律は酒類の販売に関して公正な取引を求めるもので、一般酒販店を大手スーパーらの安売り攻勢から守るものである。しかしながら値上がりを招いたこの法律は消費者にとってはいい影響が全くなく、大手ビール会社の売り上げは減少。さらには守る対象だったはずの一般酒販店と大手スーパーらとの価格競争力の差異も未だ埋まっていない。

 法改正によるビール値上げは多くの人の生活に悪影響を及ぼした、と主張する本書は、その根拠となるデータを提示し、制度設計の拙さと、現代における酒税法に対して問題提起している。

 その上で著者は、「歪んだ制度や法はダイナミズムを喪失させる」と懸念する。価格とは本来、需要と供給とのバランスで形成されるもの。もしビール市場が成長期にあったならば、多少の値上げは売上でカバーできたかもしれない。しかし、停滞期、ましてや縮小期にこの政策を施したがために、よりビール離れを加速させてしまったのだ。まさに「官製価格」が市場を弱くした、と言えるだろう。

ビールの例が典型だが、政府が過度にかかわったことで市場が歪み、商品の価格からダイナミズムを失わせる例は、今日でも当然のように私たちの目の前で起きているのである。

 私たちが生活していく上で「価格」の影響を受けるという立場からは逃れられない。お金を払う際に「高いな」と感じたとき、その裏側で何が起こっているのか。その真実を知るために、また知る力をつけるために、本書は有益な書籍だと思える。

文=K(稲)