山で実際に起こった7つの怖い話…なぜ人は山で道を見失い、生死の境をさまようのか?

文芸・カルチャー

公開日:2018/8/12

『ドキュメント 道迷い遭難』(羽根田 治/山と溪谷社)

 海や山など自然を相手にするレジャーやスポーツには、何ものにも代え難い魅力がある。しかしその反面、魅力のすぐ裏側には命にかかわる恐怖が待ち受けていることも多い。そんなことを強く実感させてくれるのが『ドキュメント 道迷い遭難』(羽根田 治/山と溪谷社)だ。

 本書は本来、登山愛好者を対象に「道迷い遭難」を未然に防ぐための知識や心構えについて、実話を通して教えてくれるものだ。意図せず山中で道に迷い、数日間のビバーク(野宿)を経て生還した人々は、なぜ道に迷ってしまったのか? 彼らが取った行動が、後から客観的に考えるといかに無謀な予測に頼ったものなのか? などを綿密な取材で伝えてくれる。1話ごとに山のシチュエーションや登場人物のタイプは異なるので、綴られている話のひとつひとつが「山では、そんなことまで本当に起きてしまうのか…」と読む者に思わせる怖さを秘めていることも事実だ。

道に迷い 山中をさまよう 道迷い遭難の、恐怖の実態を 明らかにする

 帯に綴られたこの言葉が意味するところは深い。ここでは、本書の一端を「恐怖体験」という側面から紹介していきたい。

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■思い込みがきっかけで始まる、負の連鎖

 道迷い遭難というのは、文字通り道に迷って遭難してしまうことだ。そのきっかけは思わぬところにある。

正しいルートはこのあたりから右へ迂回するようにいったん上がっていっている。(中略)雨水が真っ直ぐ流れている水路がルートのように見え、そちらに踏み込んでしまったのである。
このとき、「あれ? おかしいな」という疑念が一瞬頭に浮かんだという。だが、次の瞬間には「ルートはこっちだな」と思い込んでいた(本書15ページ)

 こういったちょっとした思い込みが、大きな判断ミスにつながってしまうのが、山という環境の恐ろしいところだ。この登山者は「これは道を間違ったな」と気がついたとき、こう思ったという。

いいや、広河原小屋までもうすぐだろうから、このまま下りちゃえ(本書16ページ)

 これが、生死に関わる道迷い遭難の典型的な最初の陥り方だというが、この負のサイクルはまだまだ始まったばかりだ。

しばらく下っていくと沢に出た。そこには人の足跡があった。これをたどっていけば大丈夫だろうと思い、そのまま沢を下っていった。ところがいつの間にか足跡は消え、とうとう滝に行き当たってしまった(本書16ページ)

「おかしいなと思ったら引き返せ」「道に迷ったら沢を下るな」。これは山の鉄則であり、山の愛好者なら誰でも知っていて当然のことだという。しかし、道に迷った人は、「もう少し行ってみよう」とずるずる先に進んでいく。そして、進めば進むほど引き返すことが億劫になり、さらに深みにはまっていく。もし自分がそんな状況に陥ってしまったら、どうするだろう? しかもこの遭難者は、行き当たった滝が2mぐらいに見えたことと、滝のすぐ横にワイヤーが垂れていて、それを手がかりにすれば足が届きそうだったため、滝を下りてしまう。そのときワイヤーで手を切り出血してしまうが、降り立って目にしたものはそれ以上の難関だった…。

立っていたのは、滝の途中にあるテラスの上だった。そこから下に落ち込んでいる滝の行く手は見えず、下がどうなっているのか、どれくらいの高さの滝なのかはまったくわからなかった。横には大きな岩が行く手を阻んでいた。傷ついた手では、下りてきたところを登り返すこともできそうになかった(本書17ページ)

 …まさに絶体絶命だ。遭難者は、こう考える。

滝を飛び降りることにしたんです。ザックを背負っているから背中は打たないだろうし、下には滝壺があるはずだから、真っ直ぐ落ちればたぶん滝壺に入るんじゃないかなと…(本書17~18ページ)

 いちかばちかという無謀な行動がもたらしたのは、左足カカトの骨折。運良く滝壺に落ち、滝で命を失うことはなかったが、致命的ともいえる大怪我だ。川岸にテントを張り雨風を避ける空間は確保したものの、左足全体が大きく腫れ、動くことはできなくなってしまう。

 もう救助を待つしかないが、この遭難者は、提出した登山届けとは違うルートを進んでの道迷いだった。通信手段はなく、食料残り2日分とガスコンロのカートリッジが2つ。家族が捜索願いを出してくれるかもしれないが、この状態で何日いなければならないのか…。こんな恐怖があるだろうか。

■極限の恐怖体験として読むか、生死を分かつ重要な教訓として読むかはあなた次第

 山で起きる遭難の原因には、滑落や転倒、病気などいくつかあるが、2000年前後から道迷いが急増し、全遭難者の4割程度を占めるという。本書は、その道迷い遭難に陥らないための教訓を、道迷い遭難からぎりぎりで生還した人々の体験を元に伝えるものだ。彼らが体験した極限の恐怖を自分のものとして想像するためにも、ぜひ本書を手にとってもらいたい。

文=井上淳